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【小説】Interviews ( After C-2024 ) .2

再会)

2024-9 

角砂糖のようにひび割れた白い壁を横目に見ながら、階段を使って屋上へ向かう。
建物は14階建てだが、普段から運動をしている自分には、膝関節と背筋用のサポートデバイスの助けが必要ないくらいの負荷だ。20代のころなら考えられないことだ、と思う。すっかり擦り減って読めなくなった数字を、踊り場と交互に数えて登った。

階段を上り終えると、5畳ほどの薄暗い空間があり、折りたたまれた段ボールや椅子、組み立て式のポールが隅に置かれていた。ぶつからないように注意しながら外に出るドアに向かう。

どんな目的でここまで重く設計したのか、と不思議に思うような分厚い鉄の扉を開け、屋上に出た。

隣県の大きな建造物がよく見える。
空気が澄んでいるので、富士山もよく見えた。今はまだ夏だが、冬ならもっと遠くの景色も鮮明に見えるだろう。天の川は毎晩見ることができるらしい。

目的の貯水槽はずいぶん大きく、すぐに目に入った。横幅は6メートルほどあるだろう。支えの部分は根元が錆びついていた。

貯水槽の上部には、ワイヤで固定されたカーキ色のタープが張られている。日除けのために据え付けられたのかもしれない。
少しだけ風に揺れる髪が見える。あそこだ。

太く冷たい梯子を上がると、傍らにノートPCを一台置いて単眼鏡を除いている彼がいた。

まず間違いないとは思うが、両手は梯子をつかんだまま顔だけをそちらに向けて尋ねてみた。
「こんにちは。拓生くんだよね?」

彼は返事をせず、単眼鏡を覗いたままで、一瞬手のひらをこちらに向け、そのあとに人差し指を立てた。少し待て、の意思表示だろうか。

仕方がないので梯子をつかんだままで数秒静かに待っていると、単眼鏡から目を離してこちらを向いた。3、4年前に最後に会った時の面影がある。なにより全体的な雰囲気が、彼の父親にそっくりだと思った。

「はい。こんにちは。」
単眼鏡を横に置き、ノートPCに何かを打ち込み始めた。これが彼の日課・自習らしい。
当然彼の希望通りのコミュニケーションなのだから、特に不満は感じない。何より彼は若いのだから、と自分に言い聞かせた。

巨大な貯水槽の上から見る景色はとても気持ちがよかった。
先ほどよりも富士山はよりクリアに見え、遠くの遮断機の音もよく聞こえた。ここがお気に入りの場所だ、というのがわかる気がした。


「ありがとう、今日は時間をとってもらって。よろしくね。飲み物も持ってきたから、気軽に話そう。こうやって会うの久しぶりだけど、緊張しないでね。」

私はモバイルオーダーのコーヒーボトルを2本、彼に差し出した。彼の好みは知っていたのでLINEで事前注文し、駅前の専用ロッカーでピックアップしてきた。
それでもその時の気分もあるだろうからと、あえてフレーバーの違うものを2本渡して選んでもらおうと思った。拓生君は少し微笑んで1本を受け取ると、近くの椅子をすすめてくれた。わざわざ用意をしておいてくれたようだ。


派手に気持ちをさらけ出すタイプではない、むしろもの静かなタイプの若者(というより本来は“子供”という表現がふさわしいはず)だが、礼儀や親切さはしっかり持っているのだな、ととても好感が持てる。

私は自分のスマートウォッチを操作し、眼鏡に録音、録画の指示を出した。
「お昼前に移動するって聞いているし、さっそく始めさせてもらおうかな」

拓生君は頷き、私のほうに視線だけを向けた。


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