デジャヴュみたいな黒服
きっと、あこがれていた。
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ベトナムでアマゾンプライムを見るためには、VPNなんていうよくわからない設定をしなくてはいけないらしく、土曜日の夜、奮闘した結果なんとか設定できた。
そのまま映画を見ようといろいろ探して「メンインブラック」を選んだ。
僕の大好きな映画のひとつだ。
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小学生のころ、平日の夜9時からはわくわくの時間だった。夜のロードショーがあった。新聞の番組表やCMでなんの映画が放送されるのかを事前に調べて、当日をむかえる。大好きなシュワちゃんやジャッキーチェンが出る映画なら、すでに8時30分を過ぎたあたりからそわそわしている。大好きな映画であっても、同じだ。
「メンインブラック」が放送されるときは、何度も楽しみにして見ていた。
主人公のウィルスミスが、陽気に、そしてまじめにとんでもない展開をこなしていく。「どうしてそういうことができるのか」と「たしかにそうするよな」という驚きと共感をくり返して、物語はギャグテイストで進行していく。
こんな仕事、もしかしたらありえるのかな、と僕は自分の将来に期待していた。
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30歳を目前にひかえて、日々仕事に辟易する僕はメンインブラックを見ながら笑っていた。笑いながら楽しみ、僕は目の前の映画がフィクションだとわかりきっていた。エイリアンはCGで、しゃべる犬は声優があとからアフレコをしているだけ。記憶を消す装置も、この世界にはない。仕事に、現実離れした展開は、おそらくずっとない。これらの事実は、ずっと変わっていない。
だけれど、フィクション映画が僕に元気を与えてくれる事実だって、ずっと変わっていなかった。あのころの夜9時と今は、ずっと続いていた。
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あと1時間で地球が滅亡する。しかも、それを食い止めるのは自分しかいない。トンネルの天井を駆ける車に乗りながらエイリアンのもとに向かうKが、好きな曲をかけながら口ずさみ、主人公に言い放ったことばが、とてもよかった。
「仕事は、楽しみながらするもんだ」
あのころの僕には、ひびかなかったセリフだった。
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