非通常通り
いつも通りはその都度変わる。
◆ ◆ ◆
ベトナムの道はきたない。
飲食店からは食器等を洗った水が道路に流れ出ていつもぬれている。自分のサンダルの底を家で見ると、真っ黒になっている。
それでも、この国のさんぽは、好きだ。日本とはちがう街並みを通ると、冒険をしているような心持ちになる。
自分のすぐ横を駆けぬけていくバイクに気をつけながら、見慣れない道を進んでいく。昼どきということで食事どころを探していると、屋台がつらなっている裏路地を見つけたので入ってみた。
目の前から腕にギブスをはめたおばちゃんが歩いてきた。すれちがったあと、今度は器具をつけた足を引きずりながら歩くおばちゃんと出会った。
治安がよろしくない道に迷い込んでしまったと冷や汗が流れた。
◆ ◆ ◆
裏路地から大通りにもどってみて、理由がわかった。大きな病院が建っていた。
なるほどと納得していたら、個人が経営している雑貨屋があった。そこに松葉杖が売られていた。客層のニーズをとらえたローカル店舗だ。
興味本位を訊いてみると、いろいろ種類はあるものの、一般的なものは1対で35万ドン(約2,300円)ということであった。高いのか安いのかがよくわからない。ただ、松葉杖の相場を知らない平和な人生を歩んできたのだとあらためて思い知り安堵した。
適当なことばを返して、少し歩くと、路上のおっちゃんが大きな声をあげている。無視していたのだがやけに声が続くので視線を向けると、僕を見てなにか言っていた。
近づいて話しかけると、おっちゃんが「おれも松葉杖を売っている」と言って近くにおいていた松葉杖を指し示した。となりのお店で説明を受けた種類と同じであった。
値段は1対で10万ドン(=約660円)だと言われた。なんでそんなに安いのかと訊ねると、「おれが前に立っているこの店が薬局だからだ」とおっちゃんが答える。薬局は松葉杖を売らないだろうし、このおっちゃんはおそらく薬局の人間ではない。
謎が深まるばかりだし、興味もなかったので「帰って家族に相談する」と弁解をしてその場を去った。僕は単身でベトナムにいる。
◆ ◆ ◆
病院のすぐ対面にあるベトナム式大衆食堂で昼めしにありつく。白米に、自分で選んだおかずをのせてもらいかき込む。
僕のうしろの席に座ったおじさんが深刻そうな咳をしていたが、対面の席には病院のロゴが入った制服を着た女性が座っていたので、なにかあったらあのひとに相談すればいいかと食事を続けた。
ごはんは3万ドン(=約200円)で、松葉杖より断然安かった。
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