キレイになりたい。まっすぐ紅をひく
教わってないのにカンタンにできてしまうこと
妬み
嫉み
恨み
つらつらと
教わってもカンタンに身につかないこと
感謝
丁寧
愛情
わすれガチ
教わってできるようになったこと
歯磨き
トイレ
箸をつかう
こどものころたくさん教わってできるようになった
おとなになって教わっても身につかないことがある
教わってもないのに無意識にしてしまうことがある
キレイなひとでいたいとおもう
キレイではいられないときもある
だからキレイになると留める
心にまっすぐの紅をひく
日常はキレイなことばかりではないことは心得ています。だけど、noterさんたちが語っているように、人には人それぞれの(隣の人には見えない)事情がある。それを心に留めながら、自分の隣にいる人にはいつも笑っていたいなと思います。
たくさんの人に優しく気を配ることには限界があるけれど、手を伸ばすことができる範囲で自分が好きと思う人には前のめりで甘やかしたいな、と思っています。
皆がそうすれば、ワタシが届かない人でも誰かの手は届いていますよ、ネ。自分が大切にしたい人でも、今日たまたま居合わせた人でも、手の届く範囲でそうすればいいのにな・・・と。
あ〜キレイな人間になりたい。わかっているのに、どうして忘れてしまうのだろう
そばにいる相手は好きなことより苦手なことがおなじほうがいい。とおもっています。ジブンが好きなことは、相手がソレを好きじゃなくても気にならないから。苦手なことが似ていると相手に気がつくことができるから。
おっとさんや唯一の友は好きなことがワタシと似ています。苦手なことも、そういえば似ています。たとえ好きなことが一緒でなかったとしても「いいねっそれ!」と言い合えます。「◯◯じゃないなんて損しているよ」とはならない。ダメなものはだめっ、とも言えます。それは、批判・否定・拒否ではなく。
仕事の場合もそうかもしれません。得て不得手は人それぞれ。相手の得意なことは気になりません。不得手なことは目につくような気がします。ただそれを、批判・否定・拒否するのではなく気がつきたいと思っています。『目につく』のではなく気がつきたいです。
人事評価とは人の好み。という内容をいつぞやのnoteで綴りました。業務の内容によっては数値化できないモノコトがあります。だからこそ、評価は仕事に限らず人の好みで左右されるときがある。
だからこそ、人のアレやコレやにモノ申さないといけないときには、『目につくこと』に針を刺さず、『気がついたこと』を伝えたい。そんなふ〜に思います。馴れ合いではなく。
◻︎きれいごとかもしれないけれどキレイになりたいです。見出し画像は『ふんわり・やわらかい』そんなモノコトを受けとめたいきもちでえらびました
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