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1話 小さな箱

創作SM小説 透明な首輪
(1400字)



くそっ!何なんだよ俺ばかり。



昼食を終えたばかりのTは内線で所長室へと呼びだされた。

目の前ではデスクに座った所長が指を組みながら仕事とはまるで関係ない話をかれこれ10分も続けている。

たびたびメガネを外しては小さなグレーの布で拭う仕草に内心苛つきを覚える。Tは所長の白髪頭のつむじを立ったまま見下ろし、これ以上雑談が発展してしまわないよう、つまらない相槌ばかりをわざと選んで打っていた。


前置きは良いからさっさと本題に入ってほしい。14時半には顧客のところに行かなければいけないのだ。
いつもそうだ。こちらの都合なんて全く考えずに突然に呼び出しては急な仕事を言いつけてくる。


デスクに置かれた木彫りの古ぼけたペン立てに刺さる黒光する高級ボールペン。所長就任祝いに社長から賜ったというご自慢のペンに刻まれた忌々しいネームを眺めながら、どのタイミングで話を切り上げようか、下げた右腕の時計を気にしながらそればかりを考えていた。



Tは40代半ばのサラリーマンだ。
身長は183センチ、学生時代にはラグビー部に所属していたため全体にゴツゴツとした体つきだ。頭は若い頃に比べてずいぶん薄くなってしまったが、腹の出たおじさんにはなるまい、と心に決めており、休日はいつも長距離のウォーキングに勤しみ、体型維持に努めている。

仕事は営業一筋で転職を二度ほどし、今は世間で言う大手企業で個人事業主相手に営業をしている。
一応、課長職についているがその肩書きは名ばかりで、実際は自分の課などなく部下は片手で数え切れる程しかいない。自ら得意先に赴いては新商品の説明をしたり、付き合いのある顧客の愚痴を延々と聞くなどしてご機嫌を取る。社に戻ってからは売り上げと報告書を上司に提出し、部下の報告を聞いてはフォローをする。

部下と言ってもマネジメントに徹して彼らに仕事をさせるわけではなく、むしろ顧客に提出するための資料作成を手伝ってやったりと要は若手社員のお守り役のようなものだ。
管理職手当という名の主任時代の残業代よりもはるかに少ない定額の手当をもらいながら、数名の部下の進捗管理と増えた担当顧客のために早出と残業をするという毎日は、まるで判を押したようにここ数年変わらなかった。



Tは人の喜ぶ顔が好きだ。
見た目こそ多少強面だが、学生時代に鍛えられた体育会根性と生来のお喋りで明るい気質は営業という仕事に向いていたようだ。フットワークが軽くマメな性格も幸いして、お客さんからの声もかかりやすく成績もそれなりに出している。

地方都市にある今の支店に配属されてからはもう数年が経つ。社員40名ほどの支店では営業、現場、総務の大きく分けて3つの課があるが、所長を除けば、どの課の社員とも軽口を叩けるくらい人間関係も上手くいっている方だった。

特に訪問先で商談がまとまった帰りには、事務の女性陣にお礼を兼ねて土産を買って帰るのが恒例だ。

彼女たちがいつも事務所を守っていてくれるから自分は外で営業として戦える。

Tは心からそう思っていた。
この春に大学生になった娘や甘いもの好きの妻の助言も仰いで、いろんなエリアのスイーツ店を把握しては、少し遠回りをして生菓子や焼き菓子を買って帰社をする。

「これみんなで食べてね。」

そう言いながら、総務課の島の一番端っこに座る小柄な女性の机にさりげなく白い四角い箱を置いていく。自分の席に向かいながら、女性たちが「どれにする?」と盛り上がる声を聞くのがTのささやかな楽しみだった。



2話へ続く




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