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実際の映像だけで作られた映画 「The Princess プリンセス・ダイアナ」

先日、9月30日に公開された映画
「The Princess プリンセス・ダイアナ」
を見てきました。 

ドキュメンタリー映画といっても、大抵の場合はナレーションがあったり、監督側の解釈が示されたり、「事実に基づく」創作部分があります。

でも、この映画は一切の創作がなく、ナレーションすらない、実際の映像のみを編集して作られたドキュメンタリー映画です。

この映画はダイアナ妃の没後25年目にあたって制作されたのですが、

つい先日エリザベス女王が亡くなり葬儀が行われたばかりなので、映画の中でまだ若かったエリザベス女王やダイアナ妃の葬儀の様子を見ると、先日の葬儀の様子のことも頭をよぎりました。

使用されているのは当時のニュース映像やインタビュー映像、スタジオで観覧客も含めて話し合うトーク番組、取材者の声も入った撮影中のメディア側の映像、そして一般の方がたまたま?

撮影していた映像などなど。 

ダイアナ妃がメディアに追いかけ始められてから亡くなるまでの実際の映像を見ていると実際に当時の出来事を「体験」するようでした。

それにしても、ダイアナ妃がメディアに追いかけられるようになった1980年頃から1997年に亡くなるまでの20年足らずの映像の中で、彼女はどんどん変身していきます。

メディアに慣れていない、まだ垢抜けていない10代の女性から、輝くような花嫁姿へ。

そして、母となり、様々な困難も経て、より強く、意思ある美しさが滲み出た女性へ。

結婚前から多くの国民が彼女に注目し、まるで親戚の娘が大きく羽ばたくのを見守るように、またはデビュー前の「推し」がスターになっていくのを見守るように、彼女の一挙手一投足に注目し、全てを知りたがります。

結婚前には彼女の髪型を真似する女性たちが美容室に押しかけ、美容師さんが
「こんなの、ファラ・フォーセット以来よ!」
と言いつつ大忙し。 

結婚式が加熱する報道のピークになるのでは、という予測は外れ、その後もメディアの取材も報道も加熱していきます。

ダイアナ妃ご懐妊発表の際にはスーパーマーケットの店内放送でまでその速報が。

夫婦関係をめぐる報道には視聴者参加型の番組や街の声の取材などでもみんなが我が事のように意見を語ります。

そして、ナレーションがなくても表情やジェスチャーから、多くのことが伝わってきます。

1982年のウィリアム王子の洗礼式の後、

バッキンガム宮殿で行われた写真撮影会で、ウィリアム王子が泣き出してしまい、ダイアナ妃が王子に指を含ませると落ち着き、それをやめるとまた大泣きするのでまたダイアナ妃が指を含ませる、という場面がありました。

チャールズ現国王はそれを止めさせたい表情を見せるのですが、ダイアナ妃は
「だって仕方がないでしょう」
という顔で、指を含ませます。

それでも、ウィリアム王子の出産後、ダイアナ妃と王子が退院する際にはチャールズ現国王も笑顔を見せていて第一子の王子を迎えた喜びも感じるのですが…。

第二子のヘンリー王子が誕生し退院する際、彼の表情は固く、その日は退院したばかりの妻子をおいてすぐにポロの試合に出かけてしまうのです。

そのポロの試合を見つめる観客の中には、のちに再婚することになるカミラ夫人の姿が。

当時の本物の映像ですから、当時起こっていた事実を目撃している気持ちになります。


もちろん、ダイアナ妃が王室へもたらした功績も触れられていました。

オーストラリアでは君主制主義者が5割だったのですが、ダイアナ妃が初めての外遊の中で訪問してから8割に増え、
「チャールズ皇太子(現国王)だけの訪問ではそこまでの影響はなかった」
と言われています。

また、エイズについての理解が進まず、

「患者と触れただけでうつる」
などと言われて患者が社会的にひどい差別を受け、家族にすら拒絶される人もいた頃、ダイアナ妃は英国初のエイズ患者専門病棟を尋ね、患者と素手で握手。

それによって、エイズへの偏見が薄れたと言われています。 

また、アフリカのアンゴラの地雷原を歩き、地雷で足を失った子供達に面会するなどの活動でこのような問題の存在に世界の注目を集め、それはその後の対人地雷禁止条約締結にも繋がります。

もう少し書きたいのですが、続きはまた次回に。

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 *写真は映画館でいただいたちらしです。


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