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意識を向ける先は宇宙なのか、深海なのか

皆さんは身体を動かす時に何を意識し、何に注意を向けていますか?

具体的には、筋トレ中にバーベルを持ち上げる時、腕立て伏せをしている時、キャットバックのエクササイズをしている時、もしくはマウンドに立ってボールを投げる時、筆を持って書をしたためる時に何を考えているのか…

運動の学問では何に注意を向けるのかを「エクスターナルフォーカス(外部注意)」「インターナルフォーカス(内部注意)」と分ける考え方があります。

エクスターナルフォーカス
運動に関わる自分の身体以外、身体以外の物などの動き、運動の効果や結果に注意を向ける

注意と運動学習/Gabriele Wulf

インターナルフォーカス
運動に関わる自分の身体、身体の動きに注意を向ける

注意と運動学習/Gabriele Wulf

一般的には動作の上達をしたい、高いパフォーマンスを発揮したい(重いものを持ち上げたい、速いボールを投げたい、正確に動作を行いたい)なら、エクスターナルフォーカスが有利だとされています。

一方でボディビル的な筋肉を育てるためのトレーニングでは「筋肉の伸縮を感じる」「筋肉に語り掛けろ」「筋肉の声を聞く」などインターナルフォーカスを勧める場面を多く目にします。

一般的な共通理解として、インターナルフォーカスを誘発する声掛け(腕をこう動かせ。など)は動作をぎこちなくしてしまうとされています。

つまり、体の内部や体の動きに注意を向けると良い動作が生まれないということです。

しかし、ボディビルやフィジークのトップ選手のトレーニングを見ると非常に滑らかで正確な動作を行っているように感じます。
彼らは「重りを持ち上げる」というエクスターナルフォーカスではなく、「筋肉を伸び縮みさせる」というインターナルフォーカスをしているにも関わらずです。

この不思議について考えてみたので、noteにまとめたいと思います。

変動の中の再現性

まず、「動作の上手さ」について考えていきたいと思います。
私は柔道をやっていたのですが、「”うまい選手”と”強い選手”は違う」と言われていました。

うまい選手は技も切れるし、弱点も少なく、稽古においては「強い」とされます。でもなかなか大会で実力通りの結果を残すことはできません。

一方で強い選手は逆境があっても練習で培ってきた実力を発揮し、それを押しのけて勝ち進むことができる選手です。

メンタル面など様々な要因が絡んでくるとは思いますが、「環境の具体的な条件と交渉しながら即興的にパフォーマンスを組み立てていく適応力が高い」ことが強い選手を作っているのではないかと私は考えています。

ゆらぎやノイズがあっても毎回それらをうまく吸収するようなキャパがある。
多少の振れ幅を持った中で、誤差を含んだ正解を出すことができる。

このように言い換えることもできるかもしれません。

いつもは手を合わせることのない選手と、違う場所で、違う環境で柔道をしてもいつもと同じようなパフォーマンスを発揮することができるのは「変動のなかの再現性」を持っているからです(=強い選手)。

逆に一定の環境や規則、いつもと同じ場所や条件下で同じようにパフォーマンスを発揮することができるのは「機械的な再現性」です(=うまい選手)。
こちらは、その条件が変わってしまうとパフォーマンスが低下してしまいます。

柔道の例えは勝ち負けというかなり大きな視点で見た「変動のなかの再現性」ですが、スクワットをする、ボールを投げる、シュートを打つなど動作そのものにおいても同じように状況に合わせた調整、適応が必要です。

対応ができる幅が広ければ広いほど安定した結果を出すことができるので本当の意味で「動作が上手」だと言えるのではないでしょうか。

この「うまい」と「強い」の差に、エクスターナルフォーカスが関係してきます。

エクスターナルフォーカス

まず、暗黙知について説明をさせてください。

暗黙知とは、「言葉にできるより多くのことを知ることができる」という意味であり、身体に置き換えると「どうやっているか説明できないけれど、できていることがある。」と考えても良いでしょう。

人間の身体は複雑です。単純な動きを行っているだけに見えても、実は身体の中ではとても複雑な制御が行われています。

例えば立っている時、握手をするように腕を前に出すとします。
この動作は「肩関節が屈曲する」というシンプルな動きですが、腕の重さの分、重心が前にズレますので体の中でそこの制御が行われないと人は前に倒れてしまいます。

実際には、無意識的に重心を後ろに引き戻すような制御が行われることで人は倒れずに動作を行うことができていますが、この制御を意識的に行っている人はいないと思いますし、どの筋肉をどう使ったかなどを言葉で正確に説明することは不可能でしょう。

むしろそれを意識的に行おうとした途端に動きがぎこちなく、下手くそになってしまうはずです。

つまり、人の動作の内的な部分は意識ではなく、無意識に任せてしまった方が効率の良い、滑らかな動きができることがあると考えて良いと思います。

エクスターナルフォーカスは外部のターゲットや結果に意識を向けることで、内部の制御を「無意識に任せる」ことに成功しているから、滑らかで精度の高い動作を達成しているのであるとも言えそうです。

環境の具体的な条件と交渉しながら即興的にパフォーマンスを組み立てていく適応力が高い」ことが強い選手を作っているのではないかと私は考えています。

ゆらぎやノイズがあっても毎回それらをうまく吸収するようなキャパがある
多少の振れ幅を持った中で、誤差を含んだ正解を出すことができる
このように言い換えることもできるかもしれません。

先ほどの「変動のなかの再現性」の内容ですが、ゆらぎ、ノイズ、振れ幅、条件との交渉、これらを行うのも、ある程度は無意識に任せてしまった方が良さそうであると私は考えています。

機械的な再現性を持つ人はインターナルフォーカスで「自分自身が何をすべきか」を意識的に積み上げているので環境が変わった時に、環境や条件との交渉がうまくできません。

エクスターナルフォーカスでターゲットや結果に目を向けている人は、環境や条件の変化への適応という複雑な制御を無意識に任せているので、高いパフォーマンスを発揮することができるのではないかと推測できます。

筋肉のためのインターナルフォーカス

長くなったので結論まで急ぎます。

ここまでの話から、エクスターナルフォーカスが有利なのは、「外部」に注意を向けているのではなく「結果」に注意を向けているからである。と私は解釈しました。
つまり、注意を向ける先が運動の結果であればそれが体の外であっても、体の中であっても動作の効率は高くなるということです。

繰り返しますが、ボディビル選手のトレーニングは「筋肉の伸び縮みを意識」しているので、従来の考えであればインターナルフォーカスをしていることになります。

しかし、ボディビル選手が求めている結果とは「筋肉を育てるために、ターゲットとする筋肉に負荷がのった状態で筋肉が伸び縮みすること。」ですので、これを意識することは一種のエクスターナルフォーカスとも言えるのではないでしょうか。

つまり、ターゲットとする筋肉に負荷がのった状態で筋肉が伸び縮みするために、無意識的に他の筋肉が働き、骨が配列され、その目的に合った最適な働きをして、姿勢を作ってくれている状態です。

エクスターナルフォーカスでは意識を向ける場所が「身体から遠いほど良い」とされていますが、これは体の内部の制御に向ける意識をより減らすことができるからであると考えられます。

ボディビルのためのトレーニングでは「一本の筋線維」にフォーカスするようにキューイングをしている場面を見たことがありますが、これも感覚的には体から遠い場所を意識させているように感じます。
宇宙に到達した人はいるけど、地球で一番深い海に到達した人はいない。みたいなイメージです。

ただし、遠い場所への意識はある程度の熟練度が必要とされていますので、慣れていないトレーニング種目で「一本の筋線維」を意識しても良い結果は得られないかもしれません。
「筋肉の起始部と停止部」くらいの意識から始めるのが良さそうです。

動作を内的な意識で学習していると、複雑な制御を拾いきれず、動作がギクシャクするし、日によってバラツキが大きいです。

ターゲットとする筋肉に目を向けたエクスターナルフォーカスをしている人は、例え器具や環境が変わってもターゲットとする筋肉を軸に他のバロメーターを微調整し、「ターゲットとする筋肉の伸び縮み」という結果は変わらずに得ることができるのです。

まとめ

動作を行う際の意識について、エクスターナルフォーカス、インターナルフォーカス、変動の中の再現性といった言葉を使いながら再考しました。

重要なのはターゲットや結果に目を向け、環境や条件の変化への適応という複雑な制御を無意識に任せる。という点ではないかと思います。

無意識という言葉がピンとこない方は「カラダに任せる」と言い換えても良さそうです。

ただし、動作を学ぶ初期においては一定の「インターナルフォーカス」も必要とされています。
ある程度は言語的に動作を学び、大枠を作ってから「ターゲットや結果」に目を向けていきましょう。

また、ターゲットや結果に注意を向けたからといっても急に動作が上手くなるわけではありません。
「変動性のなかの再現性」を体現するためには効率的な制御を無意識が既に学んでいる必要があります。
しかし、内部の制御については意識をせずに動作をおこなうので、効率的な制御が発現するかは偶然に委ねられることになります。

私のパーソナルトレーニングではその「偶然の成立」が起きる可能性を高めるための工夫を多用します。

理想的な制御が起きやすいように環境を整えたり、課題を与えたり、声かけをしたり、その制御と似た感覚をもつエクササイズを事前に実施したり…

十分な準備を行うことで、導かれるように効率的な制御が発現してくれると練習をしたわけではないので動作が上手になり、「不思議な感覚」「魔法みたい」と感想をいただくこともあります。

このような感想を伝えていただけて嬉しい気持ちもありますが、このような原理や原則を研究し、実践することで積み上げてきてくれた先人達に対して、私自身が「すごいな…」「魔法みたい…」と感謝しています。

以上、このnoteがトレーニングの悩みを解決する役に立ったり、トレーニングについて考えを深める助けになったら幸いです。

参考になったら「スキ」をしたり、拡散していただけると嬉しいです!


恵比寿駅徒歩5分のパーソナルジムでトレーナーをしています。
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恵比寿でパーソナルトレーナーをしています。 ダイエットやボディメイクに興味のある方はお声かけ下さい。