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ChatGPTが出てきて僕らの仕事は一体どうなってしまうんだろう?

ふと思ったこと。

エンジニアという仕事は今後どうなっていくのか?


ChatGPTが出てきて、「まあ、所詮AIだろ」と思って触ってみたけど、いざ出力された結果を見て心から戦慄した。

一応、バックエンドを触れるくらいのプログラミングの知識はある。だからこそ、ChatGPTが描くコードの美しさに絶望してしまう。


もう、エンジニアはGPTに抜かれるのが秒読みだと思う。

GPTを上手に使う側の人はキャリアを伸ばしていき、コードを書ける優秀なエンジニアたちはAIに取って代わられるだろう。


そして、SNSをみると、いろんな意見が転がっていた。

「AIが人間に追いつくにはまだ10年以上かかる」

「芸術やアートなど、クリエイティブ領域にはAIは追いつけない」

「台本制作に役立つGPTの優良プロンプト10選!」

どんなインフルエンサーも自分の職種に応じたポジショントークをしているに過ぎない、と感じた。


そいえば、

日本は島国で地政学的に同一民族として団結しないといけない→だから同調圧力が強い、

みたいな話も聞いたことがある。


つまり、人間の発言なんて、その人の環境や職種、バックグランドによって変わるのだ。

そこに本質が隠れているとは到底思えない。


かくいう僕も、会社の奴隷として機械学習のエンジニアをやってる。肩書きは大したものだけど、実際のところは営業とクライアントのあいだに挟まってコミュニケーションを任されている、いわゆる文系的な仕事に近い。


そんなビミョーな立場にいる自分だからこそ、

「どこまでいっても、答えは自分で出す必要がある」

と考えている。


じゃあ、どうしたらいいか?というと、変わらず目の前のことをやることに変わりはない。

大きな津波がきたとして、それが日本列島全土を飲み込むような地殻津波的なものだったとしたら、勝てるだろうか?

無理でしょう。


気付けばGoogleを使っていて、Youtubeを夢中になって観て、Tiktokを一生懸命スクロールしているのが我々です。

自然の大きな流れに勝てないように、人間が作る大きなシステムにも勝てません。


かくいう僕も、ひとつの上場企業でしかない「note」に貴重な休日の時間を使ってコンテンツを提供している。

包み隠さず本当のことを言えば、テクノロジーの進化に叶うはずがない。


だからこそ、あえて開き直って目の前のことをやり切るしか道はないと思う。

たとえば、高校時代に汗水垂らした経験は無駄でしょうか?

人生を賭けて挑んだ受験勉強は無駄だったのでしょうか?

大人に否定されて丸ごと否定され続けた就職活動はやる意味がなかったのか?

そうじゃないはずです。


目の前の課題に一個一個、真剣に打ち込んだ人だけが得られる"貴重な学び"が絶対にあるはず。


僕の少ない交友関係をみる限り、学生時代に捻くれずに一生懸命に打ち込んでた人ほど大人になってから順調にキャリアを伸ばしています。

それに対して、ひねくれて適度にサボってた人は、適当な人生を送っています。


正直、ChatGPTが出てきて「オワタ」と思ってしまった。

それから出社して仕事をしても、いま自分が仕事を通して磨いている機械学習のスキルなんて秒速で抜かれることが目に見えている。


だからこそツブシが効く仕事として文章を選んでみた。noteを書き始めたのはそのためだ。

これからこのキャラでやっていくかどうは置いておいて、少なくとも文章を人並みに書けるようになったら本格的に仕掛けようと考えてる。


機械学習をやっていてよかったな、と思ったのは、GPTが影響を及ぼせる範囲は決まっているということ。やはり一流の人からすると、GPTは幼稚に見えるらしい。

いまこうして書いてる文章が「GPTが書いたんだろ?」と思われたら心外だし、そうじゃないことは聡明な読者の方々ならわかるはず。


GPTが絶望的に賢いからこそ、「目の前のことに打ち込む」という、人間らしくて、合理的じゃないことをやってやろうじゃないか。

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