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鬱から1年経った私が感じてること

久しぶりに投稿します。
日々暑い日が続きますが、なんとか毎日やっていけています。
鬱は寛解といっていいくらいに軽くなり、生まれてから続いていた憂鬱な気持ちも今は晴れた感じがします。

自傷もなくなり、未遂もなくなり、社会復帰して1年が経とうとしており、人生を過ごしてます。

環境の変化とか心境の変化について色々と整理がついてきたのですが、まだもやもやすることもあるので、文章にして頭を整理したい感じです。

noteも更新頻度が減ってきましたが、現実の生活が充実してあまり憂鬱な気持ちを整理して発散しなくて済むようになったと思います。

私はモヤモヤしたり、気持ちの整理をしたいときにnoteを書いているので、頻度が減ることは私にとっては良いことです、、

最近の大きな環境の変化は、子どもが無事に生まれたことです。
私が精神的に落ち込みどん底にいる時にできた子どもが、1年の月日の後に無事に生まれてくれて、私の心の拠り所になってくれました。
2人目の子供が産まれ、また大きな心の支えができました。

この子が私に生きろと言っている気がします。

もう自分1人の人生ではないこと、私の行動が子供に大きな影響を与えること、家族や身近な人に少なくない影響を持ってしまっているので、残りの生を懸命に生きなきゃと最近は思います。

精神的に安定しているのでこのような考え方ができているのだと思います。
頻度は減りましたが、まだ不安定になる時もありますし、生きることを諦めそうになることもありますが、そんな時に家族を拠り所に思えるくらいには人間的に成長できたと思います。

赤ちゃんの寝顔や3歳になった息子の寝顔に癒されてます、、
去年、本当に死ぬことを選択しなくてよかった。

だけど、もし去年に死んでいたら私が居ない世界はどんなんだろと思ったりもします、、

大量服用で致命的な後遺症もなく、肝機能が少し悪くなった程度に留まりました。
たくさん傷つけた左腕は今はケロイドだらけですが、好きな服を着て今を楽しもうと思えるようには許せるようになりました。

悩み多い人生で、些細なことに傷ついて、どう足掻いても手に入れることができない理想と現実に押しつぶされそうになりながら生きてきて、、、

疲れることもあったけど、今は生きていてよかったと思います。
今はね。

まだ自分のことについては解決できてないし、どう生きたらいいか悩んでるし、普通の社会人にはもう戻る自信はないけど、今の生活なら続けていけると思える。

お金のこと、
これからの人生のこと、
子供のこと、
仕事のこと、
生き方のこと、
性別のこと、
自分のこと、
理想と現実の辛さ、

まだまだ悩みは尽きないけど、どれもすぐには解決できない問題だと気づいてしまった。
焦ると、私は自分を見失い、周りも見えなくなる。
何が正しくて、何が間違ってるかの自分の基準がわからなくなる。

わからなくなると、壊れ始める。
これを理解できたことが、鬱になってよかったと思える学びかもしれないです。

これからは無理せずに、周りに頼り、他力本願で、たまに自分が頑張る程度に人生をゆるく過ごしていきたいですね、、

鬱にり壊れる前と壊れた後では人生の意味の捉え方、充実度、納得感が大きく変わり、今の人生の方が満足できている気がします。

今まで誰にも頼れず、1人で頑張ってきて、誰かを頼る、お願いするということをよく分かってなくて、自分を出せなかったですが、、生きやすいのは我慢しないことだと思いました。

ただ、優しい人に依存しすぎないように、自分のことは自分で決めることを最低限のルールとしてゆるくこれからも生きれたらいいなと思います。

久々に整理できて頭もすっきりした気持ちです。


ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
これからも細々と更新続けていこうと思います。



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