見出し画像

僕はこんなバカげた球団のファンになった (2)

おはようございます。ヴァーチャル・ワイドアウトの当雪片 (ATARI Yukihira) です。
「ヴァーチャル・ワイドアウト」とはヴァーチャル (virtual) なワイドアウト (wideout) のことです。ヴァーチャルですから、パスのターゲットにするとどれだけオープンになっていても必ずドロップします。そういう存在です。

前回は、グリーンベイ・パッカーズ (Green Bay Packers) について軽くふれました。その続きです。

"...Corner of the end zone! Is it a catch!? IT IS A TOUCHDOWN!! JORDY NELSON!!"

僕がフットボールを意識してはっきり観たのは 2010 年シーズンの途中だった。人の名前と顔をちっとも覚えない僕でも断言できる理由は、やはりこの年にパッカーズが優勝したからだろう。
ぼんやり観ることはあったが、個人的にはそんなに興味を持って観るほどのものではなかった。やりたいとも思わなかったし。だって痛そうだからね(もちろん実際に痛いし身体にめちゃくちゃ悪い)。でもそのときは、ふと、同じようになにげなくテレビに映っていた試合の様子がおかしいことに気がつき、急に画面に釘付けになったのを覚えている。

そいつが人間離れしたおかしな動きをしているのはすぐにわかった。

その男はボールを右手に持ちながら後退すると、味方の大男たちの後ろでまるで踊っているかのように軽やかに足踏みしている。眼の前には、相手のこれまた大男たちが彼をめがけて突進しようとしている。
人間同士が衝突する、どう考えても身体に悪い音が響く。味方の選手たちは彼を必死に守っている。いまのところ突進を防いではいるが、もしこれに掴まって倒されたら掛け値なしに死ぬのではないか……こちらは手に汗を握るが、彼にとっては何でもないもののようだった。それが証拠に、なかなかボールを放さない。確実に通りそうで、そしてできれば大きく距離を稼げるターゲットをじっくり探しているのだ。強い身体にあふれんばかりの自信が満ちているのは明白だった。

しばらく――といっても時間としてはほんの数秒だけれど――すると、味方の防御は相手の突破を許しはじめる。攻撃側は手や腕を相手にからめて防ぐと反則になるし、初期位置から少し前に出ても反則になるから根本的に長くはもたない。いよいよ、守備側の選手のひとりが攻撃側から見て右側から廻るようにして彼に迫った。
するとどうだろう。彼は弾かれた矢のように左側に逃げ出すと、フィールドの向かって右側を走るレシーバーに向けてパスを投じた。
ボールは何十ヤードも先まで低い弾道で飛び……捕る! ファーストダウン!

"UNBELIEVABLE!!!"

画面にはインスタント・リプレイが流れる。僕は唖然として声も出なかったが、実況ブースは大興奮だ。
それはそうだ。ふつう人間が物を投げるときには、その投げる方向に沿って足を踏み出す。さもないと身体の勢いを使えず、いわゆる「手投げ」になる。通常より弱い勢いのボールが頼りなげに空中に浮かんだとき、NFL の DB (Defensive Back) たちは絶対にこれを許さない(まあ許すときもある)。
しかしそれなら、あの男はいったいどんな奇跡を起こして左に走りながら右に投げるという無理を通したのか? どれだけの数の人間が、僕と同じようにモニタの前で目を丸くしていただろう。しかも、そんな奇妙なことが何度も繰り返された。何度もだ! つまり、あれはまぐれじゃなければ奇跡でもない。
もちろん、それは科学だ。たゆまぬ鍛錬と熱心な練習、それに大きな手とずば抜けた肩や手首の力、しなやかに動く脚、圧力に動じない心……そういったさまざまな積み重ねの賜物にちがいない。しかしながら、画面越しに目にした物理現象は自分の理解を超越していた。それはもう魔法としか呼びようがなかった。
本当に驚いた。そして浅はかにもこう思った。
「いやあ、さすが NFL はスゴいな」って。

「NFL はスゴいな」←確かにスゴいが…

そうなんだ。僕はこんな超人が NFL にはごろごろしているのだろうと勝手に思い込んだんだ。ハハハ! 無知とは恐ろしい。
それから他のチームの試合をいくつも観たけれど、ついにあんな芸当をする QB (QuarterBack) は見当たらなかった。代わりに、どうもあの男が投げるパスがもっとも強くて速いらしいことを発見した。そこでようやくわかった。彼は特別なのだ

気がついたときには魔法使いはカウボーイズ・ステイディアム (Cowboys Stadium; 現: AT&T Stadium) に紙吹雪をまき散らし、杖の代わりに銀色に光り輝くロンバルディ・トロフィー (Vince Lombardi Trophy) を手に握って笑顔をふりまいていた。
それはおそらく、大勢の人間をまとめて魅了する魔法だったのだろう。まったくけしからん、とんでもない野郎だ。

僕はひねくれ者で、勝ち馬に乗るのは好きじゃない。好きじゃないというか、明白に嫌いだ。
それでもなお、このときパッカーズのファンになる以外の選択肢は存在しなかったと思う。だってその魔法使い――名前をアーロン・ロジャース (Aaron RODGERS; #12) といった――はパッカーだったんだもの。


なお、NFL でプレイするほどの力がある選手たちには、自分自身をクラーク・ケント (Clark Kent) の仲間だと考えている傾向がある。そのため何人もの QB が「自分にだって同じパスが投げられるはずだ」と試合中に魔法使いの真似を試み、結果は多くの場合みじめなインターセプション (interception) に終わった。
この常識はずれのパスをまともに成功させられる次の選手をわれわれが目撃するためには、カンザスシティ (Kansas City Chiefs) がマホームズ (Patrick MAHOMES II; #15) を先発させるまで待つ必要があった。それは 2018 年のことだ。


この記事が参加している募集

沼落ちnote

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?