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Thinking

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#エッセイ

もはや人を簡単に酷使して良い時代じゃない

春はまったりお仕事してました 春先からコロナの影響で仕事がスムーズに進められず、需要はあるのだけど少しずつしか先に進めない状況になりました。出社すれば、とりあえず定時までやり過ごせるだけの仕事量は抱えているのですが、この数カ月さっぱり残業をしていなかったので、やはり平常と比較すれば手取りはやや寂しい。取引相手が海外なので日本の情勢とはラグがあって、むしろ春先はこちらではコロナが小康状態にあったので、頃合いを見て溜まった有休を消化して出掛けたりしていましたね。 ようやく通常

豊かな人間関係

どうする必要もないであろう。そもそも中年にもなって「友達」が欲しいという感情が、まるで私のような人間嫌いには理解に苦しむのだが。 この手の、ある種の心の弱い者が発する「ねっとりとした」陰鬱な吐露が不快極まりない。まだ女子大生相手にお金払って食事の相手をしてもらっている小金持ったおじさんの方が、はるかにマシであると思う。 ネットで固定HN持って10年も活動していると、長い関係が続いている方もそれなりにいる。私とネットで長期に渡ってコンタクトを取り続けている人は、何故か健康問題

仕事の意義

学生時代からその分野を研究していて、自分の興味ある領域と一致しており、その延長線上に今の仕事があり、満足のいく収入を得られている。 というのがひとつの理想形ではあると思うが、それら全てを満たせている人は、おそらくほんの僅かであろう。仕事自体は好きだが、収入が満足に得られていない、或いは収入は満足だが仕事そのものは苦痛である。たいていの人間はそうではなかろうか。 ここで、仕事内容もさして面白いものではないし、収入も人並だが、そこで共に働く人間が好きだから、それに救われていると

哲学を「する」ということ

前回の日記で私小説作家西村賢太について取り上げたが、それ以前の大学生から25歳時点まで私が集中的に読み込んでいたのは、哲学者中島義道の著書であった。 当時、神保町の三省堂、池袋のジュンク堂、新宿紀伊国屋をその日の気分や他の行き先に合わせて選び、入り浸っていたものだ。私は本を読むこと自体は好きだが、ひとつ気に入ったものがあればそれを繰り返し読み込み、それから著者の他の作にどんどん手を伸ばしていくタイプであり、ともすると守備範囲が滅法狭い。先の大学生から25歳までは、そのほとん

半端な落伍者

今年2月、私小説作家西村賢太の死を知り、私は呆然としていた。都合8年は読み続けてきた作家である。哲学者中島義道と並んで、彼もまた、大きな心の支えになっていた。 西村氏の生活スタイルは、昼頃起きて原稿を書き上げ、深夜から明方まで酒を呑む。その量が尋常でない。720mlの焼酎丸々1本に、ビール2本。焼酎を飲まない日は、日本酒5合に同じくビール2本。食べる量も相当に多く、油物が多い。 これでは長生き出来ないだろう・・・そうは思っていたが、あまりにも早過ぎた。しかも、病床に伏して

チラシの裏に書くことは「表現」ではない

前エントリ「自分の感覚を信じて」のタイトルから思考を発展させて書かれたと思われるフォロワーさんの記事。至極その通りの内容なので特に反論する点もございません。それにいつも思うけど文章そのものが私より格段に綺麗だなぁ・・・ なるべく「当事者間」しか閲覧機会がない状況(メールやDM)を、可能な限り減らしていきたいなと思ったりすることがあります。それは、私と相手の2人以外にも、これを読んで何かを感じてくれることがあるかもしれないから。 twitterではDMなら1万字まで書けるの