見出し画像

微笑み返し

2021年の夏を思い出すたびにこれから先、私は必ず涙をながすだろう。

毎年7月が来るたびに、母と過ごしたあの苦しく濃い時間を思い出すにきまっている。

ドクターのがん告知からわずか3か月で逝ってしまった母。こんなにあっけなく母を失うなんて思いもしなかった。

そろそろ年齢的にも介護の覚悟をしなくてはと思っていた矢先の出来事。なんの準備も心の準備もできていないままに残酷にも毎日は過ぎて行ってしまった。

7月に母の容態がおかしくなり、夜間に慌てて救急車で病院搬送された際に、「延命治療」はどうするかとお医者様に聞かれた。しないでほしいと答えたが、それで本当によかったのだろうか。

その後、病院の方々があまり先がないと見越して、「家に帰りたい」と繰り返す母を自宅で看取れるようにあれこれ手配してくれた。最期まで寄り添い、自宅で家族で過ごせたことは私が唯一できた親孝行だ。

毎日がつらく、母の世話をしながら、母の背中をタオルで拭きながら、突然途中で涙がこぼれ、その場を去ったこともある。息していないのではないかと、夜中に心配になってそっと顔を覗き込んだことも思い出せばつらい出来事だ。

苦しいのに、最期まで薬の投与を拒んで、しっかりした意識で死と向き合った母。

もう本当に危ないとわかってからは繰り返し母に「ありがとう」「だいすき」と声をかけた。

悲しい顔をしないように、できるだけ笑顔でいようと微笑みかけると、苦しいはずの母が優しい微笑みを返してくれた。最期の数日はとても温かい微笑みを与えてくれた。

「大丈夫、心配しないで。今まで育ててくれてありがとう」

もっとずっと前から言っておくべき言葉だったかもしれない。でも、間に合ってよかった。

母は偉大だ。いてくれるだけで、私たちを幸せにしてくれた。

今はただ、安心して見守っていてほしい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?