死にたい男と死ねない悪魔

それは、夏の終わりを感じる少し肌寒い夜のことだ。

目の前の男は真面目に、それはもう
真面目に、死のうとしている。

手には完全自殺マニュアルの単行本(¥1,282)を持ち
黒魔術師の部屋のように1K6畳の明かりを全て落とし
何の温度も感じない目で床に無造作に転がる
ロープを見つめていた

長い前髪、くたびれた頬、よれによれたTシャツに
ジーンズ

酷い腐敗臭の中、登場する気分は
それはもう最悪
何故こいつの家は室内ゴミ捨て場のようになっているのか!!

どうせなら畏怖や感嘆の声で迎え入れて貰いたい。

凛とした真紅の瞳、老若男女夢中になる整った顔立ち
艶のある銀の髪
闇の職人がこしらえた深夜色のスーツに
汚れを嫌う輝きの粉を纏った妖精の革靴
夢魔の店の人気ブランド、誘惑の香水

だって俺様は


「…コスプレですか…?」

「悪魔のファッションだ。真正面から
拝めて良かったな人間」

弱々しい声を無視し、ポーズを取る。

ファンサは好きだ。この体を生かしに活かした行動は全て楽しい。

得意気に男を見下ろすと男はそのまま固まった。

「…僕は今から死ぬので、その…
お気になさらず続けて下さい」

「待て待て待て待て!!!俺様だぞ!!!?
こんなに見目麗しい悪魔が目の前に居るんだぞ?!!!
その本を置き、もっと穴のあくように見るがいい」

「いやちょっとそれどころでは…」

「そもそも部屋が暗すぎる。これでは
俺様が転んでしまう」

パチッと悪魔が指をならすと部屋の明かりが
全てついた。

しばらく暗い部屋で過ごしていたので
あまりの眩しさに目が眩む。
悪魔の方ではなく。

「小腹が空いたな。
そういえば夜中にシナモンロールを焼いて食べると
美味いと聞いた。
さっさと片付けよう。地獄のような部屋だ、はっはっは!!!」

快活に大きな口を開けて笑う悪魔が
指揮者のように両手を動かす

床のゴミが花、キャンドルに変わり
居心地の良さそうな
クッションが2つ出現した。

「お前の金で買ったヨギボー✕2だ。」

「あ…悪魔だ…」

「Amazonから請求が来るであろう…
別に焼き肉でもいいぞ。お前の金で」

「」


破天荒で傍若無人な振る舞いに絶句と共に
確信を持った。この男悪魔である。

「冗談だ。まあ俺様は人に振る舞う方が楽しいから
好きだがな」

すっかり綺麗になった机を
悪魔の綺麗な指がトントンと鳴らすと

温かいコーヒーとシナモン、カルダモンの優しい香りが部屋を満たした。

空色のランチョンマットと妖精の美しい柄が入ったマグカップに入ったコーヒー。
花の柄が入った皿の上に並ぶシナモンロール

「うまい!」

もぐもぐとシナモンロールを頬張る悪魔は史上最高に意味が分からない

意味が分からないのだが
久しぶりに誰かと何かを対面で食べる彼は
大人しく固い床からクッションに座り込んだ

目の前の悪魔はご機嫌にコーヒーを飲んでいる

「…美味しい」

温かいものを食べるのはいつぶりだろうか。

思考が緩んだ瞬間に悪魔は笑う


「食事を取れない程に衰弱しているなんて
恐ろしい場所だな。人間界というものは」

「違います。僕が、もう頑張りたくないんです。」


「なぜ?」

「人に合わせたら自分がどんどんいらなくなって
馴染もうと努力すればする程空回りして
目の前の人間が全員何を考えてるのか追い付けなくなって」

「体が一日中重くて何もしたくなくて
会社に行こうと思ったら手と足が冷たくなって
動悸が止まらなくて立っていられなくなりました。」

「ほら、大群で何か目指したり、一緒に走ってる時に
転んだら
テレビとかであるでしょ、一人が転んで
関係ない人まで崩れてく。それが僕は耐えられません。
だからもう外にも人前にも出たくないし関わりたくないんです」

「あの迷惑そうなガッカリさせたような視線の
中生きていける自信がない
でも必要とされたいのが堪らなく苦しいんです」


「頭が壊れていく感覚あなたに分かりますか?

読めなくなる文字も、言葉が言葉として

頭に残らなくて呆然とする気持ちも

泣くだけで終わる1日を。

人間の形をした肉の塊みたいな毎日を

僕は他人と共有したくなんかない

お互い辛いだけだ。不毛だ。何もない。」


「失敗もなかなかチャーミングだと
思わないか…
ほらみろ、シナモンロールが上手く食えなくて机の上で
バラバラ殺人事件だ。」

「真面目な話してるのによくわからない物
ぶち込んでくるのやめて下さい」

「お前の無敵そうな完璧像は
悪魔の俺様でもどうにもできそうもない」

「完璧像…?」

「だって想像の話なんて雲を掴むような話じゃないか。
人間の気分なんてコロコロ変わるし囚われているだけ時間の無駄だ」

「…甘い物食べたらしょっぱいもの食べたくなってきたな」

「」


目の当たりにしている物が
今日は多すぎる気がする

「あなた悪魔なら何千何万と人間見てきたんでしょうけど
僕はただの人間ですよ」

「相手もただの人間だな。まあ俺様は素晴らしい悪魔だが」

「その素晴らしい悪魔が何故ここに…」

カチカチと時計の秒針が鳴る

視線を時計にずらすと時間は
一秒たりとも進んじゃいなかった。

軽く鳥肌が立つ


「どうせいらないならアンタの魂を俺様にくれ
願いを叶えるために俺様はここへ喚ばれたのだから」


「地獄の中って退屈なんだ。薄暗くて魂を入れる牢獄しかない
何も変化が無くてアンタには良い居場所になるぜ

さあ、仕事だ。人間の願い事が悪魔の糧だ。」


明るい透き通った声が部屋に響く。

カタカタカタカタカタと
小刻みに食器が震え
悪魔の瞳が山羊のような瞳孔に変わった

コーヒーの色が血のような錆色に染まる

地獄は
とにかく彼にとって居心地が悪い

誰かと愛情を育み
賽の河原のように築き上げても
互いの性質ゆえに崩れて歪になる

地獄では永遠に仕事が待っている
人の欲望に触れ続ける仕事が。

淡々と

淡々と、一、悪魔として彼は居る。



「…」

「…はあ?」

「じゃあ!こんな!!娯楽を僕と一緒にやりましょう…楽しみましょう」

「…?」

「僕の寿命が尽きるまで
僕はあなたの友達です。」

「僕は、その変だけど行動力だけは
とりえなんで…なんかこんな事じゃなくて

別な事に使いたくて…」


「…あのさぁ、ぶっ飛んでるよね、アンタさ
よく言われない??」

「あまりいい意味では…
僕は弱いから多分死ぬまでにたくさん願い事をします…あれもこれもって。
いくつ自分で叶えられるかは分からないけど
今よりはマシだと思う」

「なんだよそれ」










「楽しそうじゃん
じゃ!!地獄周りにある異世界ツアーに申し込むわ!!
人間と一緒に巡ってみたかったんだよな〜」

「…僕の地元の温泉巡りも一緒にしてみますか?」

「えっ!?なんだよアンタ楽しそうな事知ってるのに死のうとしてたの?!
もったいねぇな!!」

「モッタイナイ…」

「好きな食べ物は?」

「みたらし…団子」

「いいねぇ!じゃあ!そいつも食おうぜ!」

「えっ?!魂は??」

「味がねぇから仕事以外では別に食べたいと思わねぇ
んで、カルテにはアンタの願い事は一緒に模索中って書いたからオッケー」 

「素晴らしい悪魔だ…」


「そんな焦ったところで自分の願い事なんて
見つからねぇっての!ははは!!」


パチリと悪魔が指を鳴らすと
色とりどりの紙吹雪が部屋に舞って
止まっていた時計の秒針が動き始めた。

お互いに特別何かを救うわけではないけど
ほんの少し息が出来るようになった気がした。

「俺様の名前はいっぱいあってな…」

「イッパイアッテナ…??」

「違う違う。」

「んーじゃあ、バシッと決めてみてくれ

アンタの自主性を促す良い練習だ」


「じゃあアクムさん。

もう今夜の出来事は悪夢としか言いようがない」


「はは、いい夜の思い出だろ?

星野夜くん。

そうだな、アンタは死ぬほど落ち込むぐらい周りと共有しようと奮闘した経験値がある訳だ

それに情報が+されたらどうなると思う??

願い事のライターなんて面白そうだ。

そう人生に怯えるなよ。

使えるなら何でも使ってから気長に死ねばいい。」










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