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3つの星の話。【創作】

私は、人間じゃない「それ」と暮らしている。

男でも女でもなく、脈を打つ臓器も持たない。
五感を持っている、けれどどれも私のとはちがうらしい。

私は、傷つけてばかりだったのだ。
私が傷つかない言葉で、いつもまわりを傷つけていた。それに私は気づかずにきた。

どんなに泣いても悩んでも自分を責めても、私はそれを憶えていることができなかった。

近づけば傷つけるなら、触れればただれるなら、離れるしかないのだと、それを努力でどうにかできると信じられるほど、私は強くも疲れていなくも、絶望せずにもいなかった。

自分のことも、信じていなかった。

1人で生きることはできないと知っていた。 

けれど、悲しいほどに、誰かと生きることもできないのだとわかっていた。

なのに、人間の作る社会には、私が傷つけてしまう、人間しかいなかった。当たり前のことだった。

「人間じゃなかったら、或いは」

そんなことをふと思ったある日、私は「それ」と出会った。

私は、人間じゃない「それ」と暮らしている。
 
男でも女でもなく、脈を打つ臓器も持たない。
五感を持っている、けれどどれも私のとはちがうらしい。

形が無い、けれど触れることができる。
言葉を話さない、けれど私と会話をする。

人間ではないから人間の持っている普通を持っていない「それ」は、人間でありながら普通を持っていない人間である私と、その点において同じだった。

そして、同じものを持っていないという同じものを持っている私たちは、しかし、それ以外の同じものは持っていなかった。
 
でもそれが、私にとっては救いであり、心地の良いことだった。
「それ」もそう思ったから、私といっしょにいるのではないかと思った。 
 
でもそれは、私の思っているだけのことだと理解をしていた。「それ」の考えも価値観も、私の認識の及ぶことではなかったからだ。 
 
「それ」も私と同じように考えていて欲しいとは思わなかった。
だってそういうのが私は嫌だったからだ。

私は、人間じゃない「それ」と暮らしている。
 
男でも女でもなく、脈を打つ臓器も持たない。
五感を持っている、けれどどれも私のとはちがうらしい。

形が無い、けれど触れることができる。
言葉を話さない、けれど私と会話をする。



そして、絶対に通じ合うことがない。

あれを取って、と伝えれば、持ってきてくれる。 
そっちを持って、と伝えられたら、反対側をそっと支える。

そうやって、力を合わせて暮らしている。

わからないままで、暮らしている。

それが善いとか悪いとか、どんな物差しも秤も、同じものを持たないモノ同士。

私のずっと居た星は、そっと私を離れていった。

あの星が今どこをたゆたっているのか私は知らない。

一度だけ、真っ白くて大きな星の影から、あの星が見えたことがある。

私が居た星を、たった一度だけ、遠くに見た。

遠くに遠くに見たあの星は、まるで空にかざした藍晶石のように、まるで海底の真珠のように、きらきらと煌めいていた。

もう見ることのないであろうその星を、私はきっときっと、ずっと憶えているだろう。

あの星は、綺麗だった。

とてもとても、綺麗だった。

今はただ、そう思っている。




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