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ティコ、ケプラー、ガリレイとその時代~『ケプラー疑惑』(地人書館)と『ケプラーとガリレイ』(白水社)を読んでみた

 

 『ケプラー疑惑』(ジョシュア・ギルダー、アン‐リー・ギルダー著、地人書館、2006年)と『ケプラーとガリレイ』(トーマス・デ・パドヴァ著、白水社、2014年)を読んだら、結構面白かったので、少し紹介したい。

1、ティコとケプラー、ケプラーとガリレイ

 『ケプラー疑惑』は、レーガン大統領のスピーチライターを務めたりした作家と、その夫人でジャーナリストである二人が、ヨーロッパで資料を収集したり、専門家にインタビューしたりして書かれたもので、『ケプラーとガリレイ』の方は、物理学と天文学が専門のドイツの科学ジャーナリストが書いた本である。前者ではティコ・ブラーエ(1564-1601)とケプラー(1571-1630)の関係が、後者ではケプラーとガリレイ(1564-1642)の関係や当時の時代状況が描かれていた。前者を読むと、ケプラーが扱いの難しい面倒な人間に見え、後者を読むと、ケプラーは、いささか急なところがあるとはいえ、「真理」のため、ガリレイをたびたび擁護したが、当のガリレイには利用されて終わった気の毒な人に見える。人が他人に見せる顔は、相手によって変わることはたびたびあるものだし、当人の年齢や置かれた立場によって気持ちの在り方も変わるものだし、これらの本を書いた作家たちの主観も何かしら反映されているだろうから、ケプラーの人物像に揺れがあるのも、そういうものなのかもしれない。『ケプラー疑惑』を読むと、はじめからけんか腰のケプラーに対して、たびたびケプラーの処遇を改善しようとしたデンマーク人のティコの骨折りは、なかなかのもので、ティコは随分大人にみえる。しかし、丁寧な対応の裏に、他人を自分の駒として利用しようとする意図を、敏感なケプラーが読み取ったのだろうか。あるいは、プラハのティコの周りはデンマーク人ばかりで、デンマーク語がわからないドイツ人のケプラーは、今でいうカルチャーショックとか異文化コンフリクトの状態になっていた可能性もある。何にせよ、ティコのもとにいたケプラーの感情が激しく揺れ動いていたのは、確かなようである。『ケプラー疑惑』では、近年の研究により、ティコの髪の毛から水銀が検出され、その結果推察された諸々のことから、ティコが毒殺されたとし、その犯人はケプラーではないかと示唆するような書き方がされていた。しかし、推察部分を読んでも、ティコを犯人とするのは唐突に思える。ケプラーが、たびたびティコにあたったり、常々ティコの観測データを欲しがっており、実際、ティコの死後、その一部を入手していたと聞いても、ケプラーを犯人とするのは、あまりに短絡的に思える。この件については、これ以上、詳しく考察する資料も知恵もないので、ここでは、これだけにしておく。

2、ガリレイとイエズス会の関係

 『ケプラーとガリレイ』を読むと、ガリレイは、グレゴリオ暦の成立に関わり、日本の天文学にも間接的な影響を与えたイエズス会のクラヴィウスを尊敬しており、クラヴィウスからたびたび助力を得、クラヴィウスやその共同研究者のイエズス会士たちと交流を持っており、少なくともクラヴィウスの存命中は、イエズス会と良好な関係にあったようだ。また、クラヴィウスの死後もウルバヌス8世(教皇)のお気に入りであったようである。ガリレイの裁判は、「宗教VS科学」というより、ウルバヌス8世の失墜によって引き起こされたものに見えた。

 
3、カトリックVSプロテスタントの時代

 『ケプラーとガリレイ』を読んで、もう一つ強く思ったのは、この時代は、想像以上に宗教改革によるカトリックとプロテスタントの争いの影響があちこちに出ていたということである。たとえば、イタリア人のガリレイはカトリックで、ドイツ人のケプラーはプロテスタントだった。ティコやケプラーが身を寄せたプラハは神聖ローマ帝国でカトリック国だったが、プラハの皇帝ルドルフ2世の弟マティーアスは、配下にプロテスタントの人間を集めて、ルドルフ2世に敵対していた。1582年に採用されたグレゴリオ暦は、正確な暦であったが、カトリックが制定したものであったため、プロテスタント国では、しばらく使われず、プロテスタントでありながら、グレゴリオ暦を評価したケプラーは、プロテスタントの中で、肩身の狭い思いをした。にもかかわらず、ケプラーの居住地がたびたびカトリック勢力に押されると、プロテスタントのケプラーは、そのたびに住まいを他国に移さなければならなかったという具合だ。宗教について、あまりこだわりのない日本にいるとうっかり忘れてしまうが、ヨーロッパにおけるカトリックとプロテスタントの対立は、想像以上に激しいものだったのだと改めて感じた次第である。

(標題の写真は、プラハにあるティコ・ブラーエとヨハネス・ケプラーのモニュメント。写真はwikipeiaより引用)

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