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My Own Private Idaho / ’’Home''に支配された記憶


最近公開したドラン監督作品「ジョン・F・ドノヴァンの死と生」においてオマージュがあったことも話題のマイプライベートアイダホ。
若きキアヌリーブスとリヴァーフェニックス共演の青春ロードムービーです。


体に染み付いた"Home"の記憶


リヴァーフェニックス演じる主人公のマイクは突然深い眠りに落ちてしまうナルコレプシーという病気を患っています。映画において、彼が睡眠状態、あるいは絶頂を迎える時に必ずといっていいほど描写されるのが「家」のモチーフです。映画が進むにつれて自分の家族や生い立ちにまつわる話にひどく嫌悪感を抱いき、トラウマになっていることがわかります。しかし、睡眠に陥った彼は必ずと言っていいほどかつての家の様子を思い浮かべていて、自分にとっての忌まわしい記憶が脳裏から離れないままであるようです。
自立した彼は男娼としての道を選び、その反動のように帰る家を持たない生活をしています。ビルの屋上や廃墟、時には客の家に泊まることで毎日を凌いでいるマイク。さらに映画における居場所として重要なのはアイダホの一本道です。家を持たないまたかつての家に対してトラウマを持つマイクが唯一帰属意識をもっていたのがその一本道で、この道のどこにいてもこの道のことがわかる、と彼は言います。


Mike Waters: This road never ends. It probably goes all around the world.


マイク自身は映画を通し、自分を見つめ直そうとしていますが、結局一周回っても彼には辛い過去と記憶、そして避けられない運命が待ち構えていました。そんな彼にとっての唯一の居場所が、かつての家ではなく、アイダホの一本道だったのでしょう。


シェイクスピア戯曲から考える彼らの運命


辛いバックグラウンドを持ち、病気を抱えながら貧困生活を送っているマイクの親友であるスコットはマイクとは正反対の存在とも言えるでしょう。
スコットのキャラクターはシェイクスピア戯曲「ヘンリー4世」から引用され、映画中ではポートランド市長の息子として描かれています。社会や抱えている重圧へ反抗するように放浪を繰り返すスコットは、戯曲におけるハル王子(人間の性質について学ぶためいかがわしいものたちと付き合っている)
のような構図とともに父親との葛藤が描かれます。シェイクスピア戯曲におけるフォールスタッフ(ハル王子の悪友)は本作においてはマイクと、スコットを息子と呼ぶドラッグ中毒のボブの二つの存在に分けられています。マイクとスコットがボブが企む計画に対して変装し獲物を奪うシーンはまさにフォールスタッフとハル王子の関係ですが、ハルの即位を喜ぶフォールスタッフに、新王ヘンリー五世が「私を昔のままの私だと思うと大間違いだぞ」
と突き放す様子は終盤父の跡を継ぐことを決めたスコットが追いかけてきたボブのことを知らないふりをする場面と重なります。スコットは市長の苦悩を思い、21歳になったらこの世界を卒業するとの決心をボブに話しますが、
その通りに彼が実行した時、彼はそれまでの関係さえも捨ててしまうのです。

消費される性と無償の愛


同性愛を扱った映画の中でも名作と名高いマイプライベートアイダホは、
近親相姦やドラッグといったかなりセンシティブな問題も同時に扱っています。中盤には男娼仲間の青年たちがこれまでに受けた性被害を告白し合う場面が見られます。金持ちの中年男性の相手をする青年たちは、スコットのように金のために関係を持つと割り切っている者も多く居ました。


Scott Favor: I only have sex with a guy for money.
Mike Waters: Yeah, I know.
Scott Favor: And two guys can't love each other.
Mike Waters: Yeah.
Mike Waters: Well, I don't know. I mean... I mean, for me,
I could love someone even if I, you know, wasn't paid for it... I love you, and... you don't pay me.
Scott Favor: Mike...


この映画を名作たらしめる所以がアイダホの一本道の脇で二人が焚火を囲むシーン。マイクは不器用ながらも感じた感情をまっすぐにスコットへ伝えようとします。お金を払われなくたって愛することができると懸命に伝えるものの、スコットは優しく断ります。

 同じく名作と言われる同性愛を描いた映画「君の名前で僕を呼んで」を例に挙げると、同性愛であることを当人たちだけでなく周りも恥じる描写がなく、すべての愛がフラットに描かれているところがあの作品が評価された理由の一つとして挙げられます。「マイプライベートアイダホ」がどういった視点から恋愛を描いたかを考えてみると、この物語の焦点は性的マイノリティであることではなく「身分違いの恋」であることであり、スコットが「男同士では愛し合ってはいけないんだ」と言うのはスコット自身の気持ち以上に社会的な重みが感じられます。マイクに愛を告白されたスコットはマイクが望むようにそれを受け入れられないことに後ろめたさを感じ、友人として精一杯真正面から向き合うことを選んだのでしょう。

まとめ

古典的なストーリーラインでありながらも鋭い問題を扱った本作。何よりも何よりも、主演の二人が美しいです。ガス・ヴァン・サント監督の独特の画面構成も見どころですので、気合を入れて、是非。

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