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今日見た景色は明日見ることができない

カメラを始めたのは2年前。
スマホがあるんだから、別にカメラなんて買わなくていいのかもしれない。でも、カメラが欲しかった。

特別な人間でないことを自覚しているクセに
誰かと一緒が嫌な人だった。

集団の中にいる安心感を知っているクセに
その中の個であることを常に意識している人だった。

はっきりとした理由が浮かばないけれど
平坦と思いがちな日常の中から
きちんと残したいものを自覚したいと思った結果
「カメラを趣味にしよう」
そう決めたのだ。

趣味にしようと決めたのはいいけれど
実際のところ、
カメラ女子と言えるほど持ち歩いてシャッターを切るといった
ゆっくりとした時間を取れているわけではない。

でも、
今日こそはというタイミングで
カメラの準備をしてリュックに入れると
自分が特別な価値を持った人間になった気がして心弾むのだ。


たまに近所でシャッターを切る。

いつもの風景だけど
いつもと違うように見えて

すごくドキドキして
ちょっと切なくなる。


自分が実際に目にしている景色と
同じようには撮れないから。
それは、
上手に撮れなかったとかではなく、
やはりレンズを隔てたことによって
自分の目ではなく「カメラの目」が見た風景になるから。

カメラの目に教えられている気持ちになるのだ。

今日見たものは
明日は見れない
だから、ちゃんと生きろよ。

そんなメッセージを感じるのだ。

このカメラを大切にしよう。
これからも一緒に生きよう。



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