人の思いの集まるところ。
先日、明治神宮に行った。
三ヶ日は近所の神社も混むだろうからと、さらにその後に初詣に行くという、まったくもってグダグダな感じだった。
やっぱり三ヶ日に行くのが良いそうだが、東日本では1月7日の『松の内』までに行くのが望ましいとのこと。
1月7日までには初詣に行ったものの、今度はお守り売り場の行列を目の当たりにしてしまった。
いくら並ぶのが嫌いだと言っても、一年に一度のお守りを買うタイミングくらい我慢すればいいものの、「並ぶのヤダ」という声に負けて帰宅してしまったのだ。
こんなに「信心浅い?」「神様軽視?」なわりに、お守りは持っていたいという小物感たっぷりのワタシは、とにかく神社に行きたくて仕方なかった。
落ち着かない日々を数日すごしてから、娘と出かける予定に合わせて明治神宮にいくことになった。
雨上がりで少し曇った朝、最寄駅の一つ前から散歩しつつ明治神宮に向かった。到着した頃には青空が見えてきて気持ちが良かった。
観光客と思われる人たちに紛れながら、お賽銭を入れて、ちょっと長めな願い事を唱える。
人の思いの集まるところ。
明治神宮に入るところで晴れてきた空には、気づいたらお日様が眩しく照っていた。
無意識に外した手袋を失くしたのではないかと不安になって、コートのポケットに手を入れる。買ったばかりのお守りと共に、手袋に触れてホッとする。
少し暑さすら感じて深呼吸したら、周りの空気感が違っている気がして息を飲んだ。
いろんな人がいて
いろんな人がこの場所に来て
それぞれの思いがあって
それぞれの思いを心の中で唱える
人の思いの集まるところは
空気に重厚感がある
これまで何回も神社でお参りをしていたのに、あまり考えたことがなかった。
いや、考えたことがないのではなくて、このところずっと「人の価値観」とか「思考」といったものに敏感になっているために、より感じやすくなっていたのだ。
この空気感、ヤバくない?とか話しながら
母「こーゆーのを、スピチュアルって言うのかなぁ ( ´▽`) 」
娘「そーだねー ( ´▽`) 」
なんていうお気楽な言葉を交わす。
さて、帰宅後に息子にこの空気の重厚感を伝えて、すぐの全否定。
息子「スピチュアルじゃねーし。スピリチュアルだから!しっかりして!」
母(・Д・)・・・ 娘(・Д・)・・・
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