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笑って泣く。泣いて笑う。

子供の頃のわたしは、たくさん泣いていました。
少しのことで苛立って、姉に八つ当たりをしながら自分が泣きわめいていた記憶が残っています。

それでも気持ちが治まらなくて、子供部屋の絨毯はわたしの爪の引っ掻き傷だらけでエライことになっていました。

大きくなるにしたがって、泣くことは恥ずかしい事だと教えられました。
我慢強さこそ善であり、「女の子の涙は同情を誘うための道具である」という考え方もどこかで頭にインプットされました。


笑って泣く。泣いて笑う。

どれも正解でどれも不正解かもしれないけれど、今日、落ち込むことが3つ重なった私は、幼い頃のように絨毯を引っ掻くこともできずにいました。

そうして現実回避するように、何も手つかずの状態で気を紛らわすように動画を観続けました。誰かが一生懸命に話す声を聴いていたかったのかもしれません。この人もいろいろありながらも元気良くはなしているのだと。

結局泣くことも笑うこともできずに、少しだけ眠って目覚めました。

多分、今の状態では、「笑う」に値することも「泣く」に値することも、十分にできていなかったからだと思います。
中途半端だから、余計に感情的になれなかったのだと。

静かに心を取り戻し日常に返りましたが、今の少し苦しい状態を抜けた先にある「笑う」「泣く」に向けてまた歩き出します。

大切な人と笑えますように。
大切な人と泣けますように。

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