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寿命が決まっているとしても。

早朝の八ヶ岳は13℃と冷え込んできました。

朝のうちに犬にお灸とマッサージをしてから庭へ出します。

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気がつけば上の女子たちは8歳と7歳という身体が変化する年頃です。

個体の生まれ持ったエネルギー量は決まっていますが、元気な時はあまり意識しないものです。

寿命は亡くなった後でしか分からないなと最近よく思うことがあります。

本当に神様の領域だと感じます。

あんなに健康そうだった子が何故?と思うような急な旅立ち方をしたり、ここが悪い、あそこも悪いと言って病院通いを続けている子が長生きしたりします。

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そもそも命の長さでその子の価値は変わりません。

人間が動揺してしまうのは、平均寿命に思考が縛られいるから、他所の犬と無意識に比べているから、いつか死ぬのいつかは先の話しだと思っているからです。

長生きして良かった。
早く死んで可哀想。

動物たちに長さでの悲喜はありませんが、人間はついそう思ってしまいがち。

何をやっても寿命は変えられないならば、後悔の少ない暮らし方をして、やれるだけのケアをしてあげたいと、私は思います。

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「やれるだけ」の範囲は人によって当然違って良いのです。

でも、やっておけば良かったと思うより、あれもやってこれもやって一緒にいっぱい頑張ったから、ここまで生きて凄かったね、偉かったねと言ってあげたいではありませんか。

不安や心配や恐怖からではなく、この子たちのためにやりたいことをやれる自分でいたいと思います。

だから自分自身の健康管理にも気をつけています。

いつかお別れが来るというより、いつお別れが来ても不思議ではありません。

人間とて同じです。

死因は病気や老衰とは限らず事故の場合もあるわけです。

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やりたいことをやり尽くして生きましょう。

命の長さは誰にも分からないのですから。


アニマルケアカウンセラー 高野 縁(たかのゆかり)
https://ameblo.jp/yukari-touchheart


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