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あの日手放して手に入れたものは、もぐらのドリルか大空を舞う翼か

高校を辞めよう。そう決めた時、エリート志向を捨て「肩書き」に縛られない自由を手にした。普通でいることを辞めよう。そう決めた時、周囲から浮く不安感は消え「当たり前」に縛られない自由を手にした。あの日私の中には、失うものなんて何一つ無くなり、自由にはばたく翼を手に入れた。

お金の使い道を自分で決め、一人でどこにだって行き、なんでも好きに決断出来て、社会に居場所ができる。大人になるってそういうことだ。仕事を続けられる。そう確信したあの日、私は心から自由を満喫した。

そこからの私は、少しでも役に立ちたくてがむしゃらに働き、買えるものは何だって買って、収入を増やしたくて時給制の仕事を増やして、いつしか毎日は猛スピードで目の前から消え去るものになった。

失うものが何も無いのは強みだ。私は無敵モードで日々を突破しているつもりでいた。帰ったら動けないぐらい働くことに美徳を感じて、辞めたくても辞めないタフな自分が好きで、買うと決めたら迷いがない自分に強さを感じて、なんでも思い付きで決める性格を即断即決だと気に入った。

だけど、本当にそうだったんだろうか。私が好きだった自分は、今日ここにいる私を幸せにするつもりがあったのかな。

最近思う。あの日の私は、将来の自分の人生になんてこれっぽっちも興味が無かったんだと。私はあの日、ただ生きているだけで100点で、波にのまれて打ち上げられた岩場で、なんとか立っていた。

高校に通えなくなった日、ぐるぐる回るグローブジャングルから弾き飛ばされた。普通の人が普通に分かる事が分からない。もう戻れない。普通には生きられない。歩くことですら簡単じゃなかった。「また、社会と関わり合いを持てた」とにかくそれが大事だったんだ。

おかげで私は、こんなにゆっくり過ぎる日々ですら、地面を踏みしめて歩けない。いつの間にか、目の前を過ぎる毎日を眺めることが得意技になっていた。

あの時の私が手にしたのは多分、大空を舞える翼じゃ無かった。固い地面に深く深く潜って、外の世界の光も声も届かない場所に進むもぐらのドリルだ。それでもいつか、光で満ちたどこかへ飛んで行けると、信じてやまなかった。いや、ただ信じる以外のどんな方法も、視界に入らなかったんだ…

月日は流れ、私は朝日を浴びる。地上を自由に歩ける。今日の私は、未来の自分のために階段を作る。大空を舞う翼は、今度こそ背中に宿る。

おいしいごはんたべる…ぅ……。