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カルピスソーダ

家に籠もりきりの間に、外の世界にはすっかり春がやってきて、同じ格好でも少し肌寒かったのはほんの一週間前のことなのに、窓を開けてもまだ暑い。

目が覚めてしばらくぼんやり過ごすとカルピスが飲みたくなった。だけど、いちばん近いお店でも歩いて10分はかかる。それに、突然ハワイが恋しくなって、トロピカルなアイスティーが飲みたくなった。でも美味しいパイナップルジュースを買うにはもっと遠いお店に行かなきゃいけない。

おもしろいもので、こんなご時世だと出不精に過ごす毎日に感じていた罪悪感のようなモヤモヤは消えて無くなって、家から出ずとも今までよりも うんと活動的に過ごしていて忙しい。だから、部屋着とは分からない服に着替えて、片道20分以上かけて移動して、どうせ「せっかくきたのだから」と買い込んで重くなるに決まってる荷物を抱えて帰るなんて、そんな時間と労力を使ってなんていられない。

そんなんだから、道を挟んですぐ向かいの自販機でカルピスソーダを買うことにして外に出た。何日ぶりの外の空気だろうか。昨日まで大雨と雷だった空は深い青になって、眩しくはない柔らかな白い光と、お昼寝しちゃいたくなるような風がそよいで、「このままどこか遠くにいってしまおうか」と一瞬だけ本気で思って、やっぱりやめた。

側溝のフタのすき間に生えてる苔は、前に見たときより青々としてた。

ちょこっとだけ空を眺めて、すぐ部屋に戻る。ドアを閉めれば、いつもと変わらない1日。すりガラスの窓からじゃ、空の青さも明るさもいまいち分かんないよ。

なんだか散らかった部屋が気になって、洗濯機を回した。今日は外に洗濯物を干そう。こんなこと滅多になくて、一人暮らし始めて以来、2、3回目だな。多分。お日さまに当たりながら、ぼんやりと考える。ひさしに切り取られた空は、さっきよりもっと青く見えて、こんな景色を見逃してる日常がなんだかもったいなく思えた。

最近は夜型生活になっちゃって、活動量は変わらないけど、朝起きてたら味わえた何かを逃してしまっている気がしてしょうがない。朝の澄んだ空気とか、目を開けていられないくらい眩しい朝日とか。

長い人生を穏やかに生きるならきっと「何かを失ってしまった」っていう感覚がある選択はしないほうがいいんだろう。後先なんて考えられない人ならなおさら。

風が気持ちいいから、今日は窓を開けて過ごそう。起きるのが遅かったせいで、外も部屋もあっという間に紺色に染まる。まだ生乾きの洗濯物を部屋に取り込んで、そっと窓を閉めた。

おいしいごはんたべる…ぅ……。