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もしあの時あの場所を選んだなら、どんな私になっていたのだろう

視界を埋め尽すビルが、イルミネーションのように輝く街。グレーのダウンコートのファスナーを胸元まで上げた19歳の私は、窓に無数に宿るオレンジの光をぼんやりと見つめながら、ゆっくりと歩いていた。

歩道の両脇に並ぶ街灯やコンビニの灯りに、煌々と照らされ白んだ空。それを背景にそびえる1棟のビルが目に留まった。

18歳の冬。私は母と不動産屋さんと一緒に、そのビルの一室にいた。ベッドを置いたら、半分が埋めつくされてしまいそうな面積の部屋。「都市ガスですか?」そう尋ねると、こんな都心で何を聞くか、と言わんばかりの半笑いで「はい」と返されたことを思い出す。ここで暮らす自分を想像したあの日。築浅、ワンルーム、鉄筋コンクリート。淡い茶色のフローリングは輝いていた。

もしあのままここに住んでいたら、どんな私になっていただろう。素っぴん、ジーパン、ボサボサのひっつめ髪の私は、ビルの前を眺めながら夢想していた。

2つの家を内見した私は、古い木造2階建てのマンションを選んだ。カビが生えたような、古い家の匂い。畳を剥がした床に、フローリングシート。その床の下では、大家さんが生活している。母には止められた。もう一件の部屋にしよう、と。だが、インターネットで見かけた、レトロモダンの雰囲気に憧れたのだ。この古ぼけた半洋風の部屋で、お洒落に暮らす私になる!と。

実際はどうだろう。籠りきりの生活。身なりに気を使うお金も興味も無く、全身グレーの服装に身を包む。モダンとは程遠い、百均の収納グッズに溢れた部屋。道で人とすれ違うことさえ怖がる、社会不適合者の私。

もしあの時、公園に行っていれば。もしあの時、買い物しなければ。もしあの時、バイトを続けていたら。もしあの時、もしあの時、もしあの時、もしあの時…

「Mr.Nobady」の映画のように、通り過ぎた分岐点を一つ遡っては、選ばなかった道をたどる。

もしあの時この家を選んでいたら、近くのコンビニで働いて、近くのショッピングセンターでお洒落な服を買い、メイクに興味を持ち、人と普通に話せるようになって…

行かなかった道の更にその先の分岐点、あったかも知れない世界。パラレルワールドの今日の日の私に想いを馳せるほんとうの私は、夜道に一人、ぽつんと立っていた。

人生は、選択の積み重ねで作られる。それは、分かりやすく何かを選ぶことかもしれないし、自覚のないままに何も選ばなかったことで、分かれた道のもう片方に進むこともあるだろう。

ならば、今日はどう生きようか。もしもの自分になれるように。

おいしいごはんたべる…ぅ……。