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なんにもない部屋。床に置かれた3つの荷物だけを明日は片付ければいい。

バイト帰りの午前2:30。今夜は土砂降りだった。降水確率90%。

傘をもってこなかった私は、たった1回のために新たに傘を買う気にはなれず、この雨の中をレンタル自転車で走った。

なんてことない信号のあかりが、こんな日は地面を染めて綺麗。青信号の写真を撮りたかったけど、どれだけ雨が強くなるか分からない今は、少しでも早く自宅までの距離を縮めたい。

顔に打ちつけて滝のように落ちる雨水。マスクと口の間にも流れ込んできて息が苦しい。目に水が入らぬよう、顔をしかめながらペダルを漕ぐ。

コンビニのあかりも車のライトもすべてが、この土砂降りの中ではなんだかちがう場所みたい。

家まであと少し。そろそろ信号がなくなる。あの信号を撮ろう。どの位置がいいかな。数分前からさらに酷くなった土砂降りのなかで、青信号が黄色にかわる。そしてまた地面が青く染まったとき、これ以上待つまいと、急いでシャッターをきった。

雨は益々強くなる。急ごう。駐輪場で自転車を降り、荷物を手に取る。こんな日に限って荷物は紙袋にいれている。金魚すくいのポイより破けやすくなった袋を、破けて中身がこぼれてしまわないように、慎重に抱えて最後の数mを歩く。雨水は、わりと多い私の髪の毛を通過して、地肌を伝う。ようやく玄関にたどりついた。

誰にも会いませんように。そう願ってエレベーターの昇りボタンを押す。扉が開いて、雨に打たれた自分の姿が鏡に映る。それほどひどくないな。誰にも会わず、目的の階に着いた。

廊下に出ると、干してある傘が3つ。1つは、雨の日にはきまって干してある傘。それと、同じ人の部屋の見たことない傘。あと1つは、全然ちがう人の傘だ。土砂降りだったもんなぁ。

ポタポタ落ちる水が、私のうしろに足跡をつくる。やっと部屋だ。いつものように鍵を開ける。あれ、こんなに広かったっけ?もうすぐ離れるこの家に、暮らしの息吹はない。ただ玄関から一直線にのびる、なんにもない床があるだけだ。

ものがないのはいい。いちいち必要じゃないなにかに視界を奪われ、思考回路をハックされなくて済むから。とりあえず濡れたコートと靴下を脱ぐ。おなかもすいたけど、明日のために今日は寝よう。シンプルに一番優先したいことを選べることが気持ち良い。

あと数日寝泊まりするためだけに残された布団に、シーツも敷かず潜り込む。どうせ粗大ゴミにして捨ててしまうからいいんだ。信号の写真が綺麗だったから、忘れない内に記録にのこす。雨の日って、何だか詩的なことを言いたくなっちゃうのはどうしてだろう。

うつ伏せになって携帯をいじる視線の先には、もう要らない真っ白いカラーボックスにのせた、淡いピンクのコートと、持って帰って床に置いた たった3つの荷物。

コートから滴る水が床に小さな水溜まりをつくる。いつもなら自然に乾くまで放っておく程に無関心だが、何だか今日は気になって仕方がない。パパッと拭いて布団に戻る。

なにもない部屋。クリアな思考。たった3つの荷物だけを、明日は片付ければいい。

おいしいごはんたべる…ぅ……。