【ゆかりの親ワーク】vol.1 高校生の時に父親を「諦める」まで
わたしはつい最近、人生二度目の結婚をしました。
一度目の結婚で娘を授かり、離婚して数年間シングルマザーを経ての再婚。
いわゆるステップファミリーです。
夫はわたしにも娘にも大きな愛情を注いでくれていて、娘もすっかり彼に懐いていて、「血のつながりって本当に関係ないんだな」ということを日々実感しています。
先日、彼のご両親にご挨拶に伺ったところ、義父の一言からわたしの親ワークへの罪悪感が再燃。
その後インフルエンザになり、高熱で数日間うなされながらも頭の中で親ワークが止まらずw、やっと消化できたので&アウトプットしようと思えたので書いてみます。
わたしの生い立ちから、現在、両親とほぼ絶縁状態に至るまでのお話しです。
※親ワークとは、小田桐あさぎさんの魅力覚醒講座で学んだ、自分に向き合うワークです。親の価値観を通して、自分が持っている価値観や人間関係の捉え方を深掘りしていきます。
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わたしは、歯科医の父と専業主婦の母のもと、三姉妹の長女として生まれました。
大金持ちとは言わずとも、経済的には恵まれていました。
郊外のそこそこ大きめの一軒家に住み、
三姉妹は全員、幼稚園から大学までオール私立(!)
毎年夏には海外旅行に行き、習い事や好きなことをさせてもらい、お金に困ったことはありません。
先に答えを言ってしまうと、これこそがわたしの罪悪感。
「経済的に恵まれていたのに、医者にまでならせてもらったのに、そんなわたしが『家庭環境が辛かった』なんて言ってはいけない!!」
とずっと思っていたのです。
でも。。だけど。。。
精神的なもの、家族愛的なもの、そういったものが
「圧倒的に歪んでいる家庭」だったなと、振り返って思うのです。
わたしの両親は、物心ついた頃からとにかく不仲でした。
人生の中で「両親は仲が良い」と思ったことは一度もありません。
常にケンカが絶えず、不機嫌で、幼いながらに「さっさと離婚すればいいのに」とずっと思っていました。
父は、社会では立派に仕事をして稼いでいる人でしたが、家庭内では「アル中不機嫌親父」でした。
仕事から帰るととにかくたくさんお酒を飲み、そして酔うと不機嫌になります。
不機嫌になると、些細なことで怒鳴り散らしたり、母とケンカをしたり、身体的な暴力こそほぼなかったものの、壁やドアを蹴って穴をあけるなんてことはよくありました。
外で飲んで酔っ払って帰宅中に倒れ、血まみれになっているところを近所の人に助けられて帰ってくる、なんてことも一度や二度ではありません。
そんな父に嫌悪感を抱きつつも、子供としては逃げられないので、とにかく「父親の機嫌を損ねないこと」が毎日の命題でした。
父が帰宅する音がすると、三姉妹の間に緊張感が走ります。
母にも「ほら!帰ってきたから静かにしなさい!」なんて言われて、それまで楽しくおしゃべりをしていても、大人しくして問題を起こさないように努めます。
父は料理が得意でたまに作ってくれるのですが、それを残すと機嫌が悪くなるので、そこまで気に入らなくても「おいしい」と言って残さず全部食べるように頑張っていた記憶もあります。
このように、父に対して嫌いな面がたくさんあったのも事実ですが、
「母親からの悪口」によって、必要以上に父のことを嫌いになっていたな、という側面もあります。
母は、子供たちに常に父親の悪口を言っていました。
父のみならず、父の家族のことや、嫁姑問題のこともよく愚痴を言っていました。
父はだらしないとか、最近稼ぎが減ってるとか、父の家族も変な人ばかりだとか、とにかくずーっと文句を言っていました。
何が真実だったのかは分かりませんが、子供の頃のわたしは、
「酔っ払ってばかりの父が言うこと」よりも
「ずっと家にいてお世話をしてくれる母が言うこと」
の方が正しいと信じていました。
そして、いつしかわたしの中で
「酷い父親&かわいそうな母親」という構図が出来上がり、
「とにかくこの家族の中では父が悪者なんだ」という強固な思い込みが形成されました。
子供の頃は、父になかなか口答えできなかったけれど、小学生の頃からはよく父とも口論するようになりました。
「お酒は飲み過ぎないでほしい」
「怒鳴らないでほしい」
「壁を蹴って穴をあけるのはやめて」
「お願いだから酔っぱらわないで」
口論というか、父親へのお願いでした。
父だって言えばわかってくれるはず。
いつかはやめてくれるはず。
何度も伝えたら、変わってくれるはず。
10年以上、何度も何度もお願いしました。
きっと変わってくれる。
いつかよくなる。
・・・でも、そんな日は来ませんでした。
相変わらずお酒をたくさん飲み、怒鳴り散らし、母とケンカばかりの毎日が変わることはありませんでした。
高校生のある日のこと、わたしは悟りをひらいたように、父のことをパタッと諦めました。
「あ、父はこういう人なんだな。わたしがいくらお願いしても、絶対に変わらないんだな。父は一生、このままなんだな。」
幼い頃から、いつか変わってくれるとずっと期待し続けていましたが、その期待は無駄なのだと悟りました。
そこから、もう父親への気持ちは完全にシャットアウト。
何を言っても無駄。何も期待できない。
ほとんど口を聞かなくなり、大学生の頃に父が家を出る形で両親が別居すると、そこからほぼ絶縁状態になりました。
一度目の結婚の時、報告だけはしましたが、父のことは式には呼びませんでした。
それくらい、わたしにとって「関わりたくない人」になっていました。
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