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ありがとうのありがたみ

 これもまた少し昔の話になるけれど、以前は何かにつけ感謝感謝と連呼されるのがちょっとばかり苦手だった。そんな毎回毎回お礼や感謝の言葉が必要なのかナァ、なんて思ってて。

 結論から述べると、毎回毎回、間違いなく要る。どんなに小さなことでも、ちょっとしたアイサツ代わりみたいになっても、絶対要る。いまこれを読んでくださってる方々は『そんなの当然だよ!』と思われるかもしれないけど。

 考えてみれば、ただただ生意気だったんだろう。連発するとありがたみ薄れそうじゃん? とか。
 実際のところは言葉の末尾にちょっと多めにありがとうと添えた程度でありがたみが薄れるなんてことはないし、とりあえずどうにかして伝えなければ、謝意だけでなく他の意見や意思もおおむね伝わらない。背中で語るとか空気読んで察するとかはただの都市伝説か面倒くさがりのどちらかだ。
 何らかの形で気持ち、特に感謝を伝えたいとき、もっとも手軽なのはやはり『言葉』になるだろう。特別な瞬間に特別な手段で、というのも悪くないけど、普段からのひと言が、結局は大切になってくる。たかがひと言、されどひと言。

 ここのところ色々とお礼申し上げたり感謝の意を伝えたい記事が続いているな、と自分でも思う。けれど、たとえばそういった記事が何百本もあったとしても、ここにきてその中の一本を初めて読んだ、という人にはそれが最初の一本目であり、ともすれば最初で最後の一本となる、かもしれない。
 だから、いいかげんな気持ちで作ってはいけないんだ――みたいな感じのことをマンガ『将太の寿司』でも言ってたので、やっぱり謝意は伝えておきたいなあと、思うものである。
 いつも見てくださる方、ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございます!

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