これが母性というものか
突然だが、うちのうさぎがめちゃくちゃに可愛い。
うさぎ、うさちゃんというものはそもそも「カワイイ」という前提に成り立っているような生物であるが、それにしてもうちの子・カノンは特にヤバイ。
つややかに濡れたくりくりおめめ、うさぎのくせに短めの耳、形容できないほどかわいらしい形のおくち。正面から見たときのキュートな表情といったらもう、胸をかきむしりたくなるほどに愛おしく、トリートメントでもしてんのかと思うほどに毛並みはいつもすべらかである。
ケージのすみっこでまるっと縮こまっている姿も、びよーんと体を伸ばしてまどろむ時のぶちゃいくな半目も、楽しい時の大ジャンプも、少々お行儀悪くごはんに食らいつく勢いも、全部、好きだ。
元来好きなものへの愛がすごいわたしだが、カノンに対して感じる想いは、敬愛する歌手・aikoや恋人への感情とは少し異なっていることに気がついた。
守りたい。わたしはこの子のことを、何があっても絶対に守ってみせる。
そんな強い意志というか、使命感のようなものがにょきにょきと芽生えてきたのだった。まるで母。
このちいさな体で懸命に生きている様子が愛おしくて仕方なく、いつだってその事実だけで泣けてくる。
こんなにちいちゃいのに、一生懸命ごはん食べて、そんな可愛い顔でこっち見て……と、それだけで涙腺はかんたんに緩むのだ。実にちょろい。
カノンを前にしていると「抱きしめたい、食べちゃいたい、もうめちゃくちゃにしてやりたい!!! 」と、生まれたての赤ちゃんを前にした時に似た感情と、盛りのついた男子中学生みたいな欲求が体をほとばしる。
ただ、うさぎは総じて抱っこを嫌がる動物であるため(もちろん例外もたくさんいるが)、なかなかその気持ちは満たされることがない。
せいぜいがケージの中に手を突っ込んで頭を撫でるか、大好物のバナナを与えている隙にわしゃわしゃとさわりまくるかのどっちかなのだ。
そうして満たされない欲求を悶々と抱えたまま日々を送っていたのだが、ひょんなことから今日、思う存分さわりまくれる機会が訪れた。
検診や爪切りなどを兼ね、動物病院を受診することになったのだ。
うさぎを飼い始めた頃にキャリーケースを買わなかった我が家では、外出の際、適宜かごや箱などに入れて運ぶようにしている。
先日、わたしの秋服を大量につめて送られてきたゾゾタウンの空き箱をかんたんに設え、そこに牧草を敷き詰めて、そうっとカノンを中に入れた。
ただでさえ大きな目を、飛び出すんじゃなかろうかと思うほどさらに見開いて、カノンはきょろきょろと辺りを伺っている。
大丈夫、こわくないよとあやすように声をかけながら、母の運転する車の後部座席に乗り込んだ。
落ち着かない様子で箱から頭を出し、訴えるような表情でこちらをじっと見るカノンは、「もう無理、あかん……」とぶっ倒れてしまいそうなほどにかわいかった。
わたしは、ほとんどうわごとのように「えっちょっとまって無理かわいい。大丈夫、こわくないからねー。えっかわいい、どうしよ。大丈夫だよー、かわいいヤバイ」とくり返すより他になかった。
なにこのかわいい子。天使かと思うねんけど。こんなかわいいうさちゃんがうちの子やなんて、何それ奇跡なんですか?とせわしなく動く思考の中で、でも両の手は、箱の中のちいさな体を絶えず撫で回し続けていた(文字列の変態感がヤバイ)。
やわらかくて、あたたかくて、でも時折ごつりとした骨が手のひらにふれる。
ああこの子は確かに生きているんだと、わたしはほとんど泣き出してしまいそうだった。
つやつやでふわふわの毛並みを確かめるように、背やおしりや、頭やほっぺをくり返し撫でた。なんて愛おしいのだろう。
台風の影響で病院はがらがら、すぐに呼ばれて診察もわりとすぐ済んだ。
箱に入ったカノンが可愛くてたまらず、わずかな待ち時間のあいだも母と二人してシャッターを切る切る。
「上からもかわいいから!」「あ、そう!そうやって顔出してる感じヤバイ」などとキャッキャ言い合ううちに名前が呼ばれ、支払いを済ませて病院を後にした。
帰りの車内は、ひたすらにカノンを讃え合う時間だった。
「いやー、看護師さんも嬉しいやろな!こんなかわいいうさちゃん抱っこできて」
「もしかしたら、誰が爪切りするか取り合いになってたんかもよ」
「カノンを診察できるだけで獣医になる価値がある」
「見た?あの看護師さんの優しげな目!絶対に内心めっちゃかわいいって思ってたで」
凄まじい親バカっぷりを遺憾なく発揮し、でも正直、そこまで的外れなことを言っているわけでもなかろうという変な自信がわたしにはあった。だってめちゃくちゃかわいいんやもん。
当のカノンはというと、相変わらず大きなおめめできょときょとと辺りを見回し、わたしの両手によってもみくちゃにされていた。
「注射も爪切りも我慢できてえらかったねえ。かわいい、ほんまにかわいいよう」
すぐ上のあたりを何度も行き来する指先を、ちょっと迷惑そうにして目を細めた。
いくら口に出しても足りないような気がしている。何度だって伝えようと思う。
あなたがいてくれて本当に嬉しい。今日もとびきりかわいい、大好きだと。
これからも元気で、長生きするんやで。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?