読書感想文課題図書を国語の先生が読んでみた『ふたりのえびす』編
ふたりのえびす
国語の先生として語ると、この本の文章が「入試問題」に適切だって瞬時に分かった。文章が向いている。青森の図書館員さんの方が書いた本。やっぱりね。
入試に限らずこういう本の文章の読解問題というのは、登場人物の心の変化を「本文中から」論理的に推測する問題なんだけど、その場合、誤解が生じては困るよね。そういう意味でこの本はとても良い。文章がストレートでひねくれていない。読解問題として、とても良いってことは、子どもたちにとっても、言葉から感情を読み取る良い練習になるってこと。ただし、入試問題に出された場合の注意点はある。
例えば、こんなシーン。父親の事業の失敗という理由で都会から青森の田舎町に転校してきた主人公「王子」が、その町で唯一仲良くなった(なりかけている)主人公「太一」に対し、迎えに来た母親を紹介するシーン。
この「カーナビ」から、王子のどんな感情が読み取れる?そんな問題が作れそう。わくわく(笑)
もちろん、この言葉からだけでは分からない。
国語の読解問題はそんな単純じゃない。
「母親が迎えにきて、うれしいとか照れくさいとか、ないのか」と太一が聞いた時の返事、そのあとのやりとりまで全部読まなくちゃ。
「助かるなあって思う。でも、かまわないでほしいとも思う」そんなセリフとか、「放っておいてほしい」という太一の意見に対し「彫刻のような顔をわずかにほぐした」などの表現があるから、それらを心に吸収したあと「カーナビ」まで戻らないといけない。
本当は、潔癖症である太一を試していたという王子。ずいぶん先まで読まないとこの部分は出てこない。本全体を読むと、もっともっと広い意味でこの「カーナビ」は深い意味を持つんだけど、入試問題で本を1冊出すわけにはいかないから、どうしても切り取った部分だけから言えることに限定されるよね。だからほんと、勇気のない学校は、つまらない読解問題を出す。指示語が何を指すかとか、結論は何段落目にあるかとか。本当は本をまるまる一冊読ませて、感想文を書かすといいよね。ま、入試だと無理だけどね。
だから、この本が逆に入試問題に出されないことを、というか、どの本も入試問題に出されないことを祈る。だって、本をまるまる1冊読んだ子と、一部分を読んだ子では、当然、主人公に対する理解度が違うから。
もう一つ、この本が国語の教材的に向いてると思ったことがある。
この本は嘘のキャラクターを演じている2人が、地元の郷土芸能えんぶりを舞いながら、本当の自分を見つめ直していく再生の物語なんだけど、その方法として、太一は「ムカつく」みたいに簡単に言ってしまっている言葉を、ノートに分析していくシーンがずっと続く。「ムカつく」の正体を分析するように「ムカつく」一言では片付けないで、本当はどんな気持ちなのかノートに書くように父親に言われるんですね。
それで彼はムカつくことがあるたびに、本当はどんな言葉に自分の感情を置き換えたらいいのか、考えるようになるんだよね。そうすると気持ちが整理されていって「ムカつく」と片付けていた感情が、実はどんな感情だったのかわかる。正体が分かれば、対処も変わって来るよね。「バカにされた」の「ムカつく」と、「さみしい」の「ムカつく」は、実は感情が違うから、その後取るべき行動も違うってことに気づいていく。
「べつに」「フツー」そんな言葉を使う子供たちが「べつに」って何なのか「フツー」って何なのか、本当は他の言葉に置き換えられないのか、考えるいいきっかけになると思う。この本はそういう教材としても最高!
こんな子におすすめ
以上、入試問題という観点から色々変えたけど、この本は単純に素敵なお話です。帯に書いてある言葉が良い!
「ムリして演じてる?」「キャラバレしたくない!」「素で生きぬけられるほど、小学生ライフはあまくない」
小学生って色々大変だよね。ちょっと背伸びしてるところがあったり、わざと友達に好かれようと好まれるキャラを演じているところがあったり。そういうところってどの小学生もあると思う。
そういう時に、どうやって2人が素の自分を発見したのか。どうしたらそれができるのか。ふたりのえびす舞の練習を通じて、彼らの心に憑依して、成長していける本かも。
注意
私は読書感想文コンクールの課題本を紹介しているけど、課題本は選ばないで、お子さんの好きな本で書くのがベスト。本当に。
どうしてなのか、語ります。今年も文京区で読書感想文講座開きます。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?