見出し画像

食を通じて世界を知る ー イエメン

食は文化、とはよく言ったもので、お国柄を知るには、まずその国の食べ物を知るのが早道のように思う。私はFoodieと友人達に言われるくらい、食べることも料理も好きなので、今まで暮らした国々では様々な料理や、食材との出会いがあった。美味しい食卓を一緒に囲むことで、その国の食文化に触れ、職場の同僚や関係者たちとの距離が縮まったり、開発途上国で娯楽の限られた中、ホームパーティーで友人達と楽しい時間を共有したり、食には助けられてきた。

2009年から2011年まで、国連の仕事で2年半赴任していたイエメンでは、2010年にアラブの春が始まり、日増しに行動の自由が制限されたが、そんな中でも食の楽しみはあった。

信じられないかもしれないが、当時のイエメンには素晴らしい日本食レストランがあったのである。料理長は元日本国大使館のシェフで、フレンチの素養があり、もちろん和食もバッチリの素晴らしい料理人であった。アラブの春が始まり、大使館の職員を含む多くの外国人が国外退避したことでこのレストランも閉店を余儀なくされたが、それでも、2011年のアラブの春の最中でも営業しており、数少なくなった在イエメンの援助関係者達にとって貴重な憩いの場所であった。同僚達の合同バースデーパーティーを催したり、中の良い友人達とテーブルを囲んだり、楽しい思い出には枚挙にいとまがない。

イエメンは紅海に接していることもあり、魚介類が豊富である。紅海に面した港町Hodeidahから首都のSana'aまで冷凍車で運ばれてきた魚介類を売る魚市場が市内にあったのだが、よく週末の1日目の朝にそこに向かい、冷凍車から放り投げるように荷下ろしされる現場で新鮮な魚を買い、自宅で刺身にして食べたものである。週末の1日目にそうするのは、万が一食あたりになっても後1日で回復する余裕を残す為である。

首都Sana'a市場のすぐそばには掘建て小屋のような簡素な料理屋が軒を並べ、買ったばかりの魚をその場で調理してくれた。イエメンでの魚の調理法で最もポピュラーだったのが、頭はそのままで身を開き、そこにスパイスをたくさんまぶして釜で蒸し焼きにするというものである。この調理法だと、身がふっくらして旨味も凝縮する。大きな鯛もこの方法で調理され、それがドン!とテーブルにおかれ、みんなで手で身をむしって食べるのがイエメン流であった。政府の関係者達とと初めて食事をした際に、じかに手で魚の美味しい部分をむしって、美味いからこれを食べろとテーブルのこちら側に放り投げるようにして寄越してくれたのが忘れられない。思わず、さっきこの人も手を洗っていたっけ、と考えてしまったが、気取らず、美味しいものを無心に一緒に食べることもコミュニケーションの一つだった。

また、石焼ビビンパに使うような石鍋でぐつぐつ似た羊肉のシチュー、サルタはトロトロとした食感とスパイス風味が美味しく、これに窯で焼いたパリパリしたナンのような現地のパンを浸して食べるのが、ポピュラーな昼食メニューのひとつであった。

画像1

イエメン人女性は公共の場ではヴェールを被り、身内以外の男性に素顔をみせることはまずないので、通常は女性はカーテンで覆われた個室のあるレストランでのみ食事をする。しかし外国人である私は例外で、男性の同僚達と、現地の男性で賑わっている地元の食堂などでも食事をすることができたので、親切なオフィスのドライバーさんが、隠れた地元の名店などに連れて行ってくれたりしたものである。そういう時に、家ではどんなご飯を食べているのかとか、他にどんな料理があるのかとか、色々とイエメンの食について教えてもらった。国内どこに移動するにも、オフィスのドライバーさんに頼る生活であったので、彼等との関係構築にも食の話題は助けになった。

イエメンと言えばコーヒーも有名である。昔からコーヒー豆を輸出していて、現地民はコーヒー豆の殻の部分をカルダモンのようなスパイスと煮出した半透明のキシュルという飲み物をコーヒーの代わりに飲んでいたというのはあまり知られていないかもしれない。そしてインドにあるようなスパイスたっぷりのチャイも日常的によく飲まれている。これは南にあるAdenという街に渡ってきたインド系の移民達の影響であるとも聞いたことがあるが、このチャイを毎日のようにオフィスの近くのスタンドで買い求めていたのも懐かしい。

蜂蜜もイエメンの名産品のひとつである。イエメンの南東には砂漠が広がっているが、そのあたりで採れる高品質の生蜂蜜は大変な高級品で、薬としても珍重されている。とくに、火傷に塗る薬として薬効の高いものがあり、薬局で売っていた火傷用のクリームにも蜂蜜が配合されているものがあった。

イエメンの現状には心が痛む。いつかまた訪れることができる日が来るのを祈るばかりだ。

追記:冒頭の写真は首都Sana’aにあるサルタで有名なレストランでの一枚。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?