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1月24日(日)

 いちばん幸せな状態とはどんな状態だろうか。愛されている状態?愛している状態?不安がない状態?安らぎがある状態?そのどれをも満たしていても、それを選べない時が人にはある。人との関わりは一筋縄にはいかないのだということを思い知らされる2週間ほどを過ごして、今の私は疲弊している。私は頭で考え過ぎて、いつも身体と魂が何を感じているのか把握できなくなる。自分だけの世界のことならはっきりと判断できるのに、他人がテリトリーに入ってきた途端、その判断能力が大きく鈍ってしまう。経験不足なのか、無駄に知識があるのか、どちらが原因かは分からないが、結局そのどちらともなのだろう。自分が本能で生きる動物なら、どんな判断をするのだろうと予想してみるが、人間である以上そのレベルに達することはできないようだ。

 今日の東京の天気は寒い上に強い雨。本当なら一歩も家から出たくなかったのに、急用により朝一で外出。その急用の理由が果てしなく情けなくて、ただでさえ小さい背丈なのに、しゅるしゅると音を立てながらもっと小さくなっているような気がした。用事先の待合室は休日の人気のなさのせいで妙に静かで、余計に虚しさが増した。別に大したことではないのだろうけれど、やっぱり落ち込まずにはいられなかった。

 家に帰り着くと強い眠気にそのままベッドに倒れ込む。それなのに眠れなくて早めにお昼ご飯を食べることにした。辛いものを食べて一度意識を叩き起こしたかったので、坦々麺に辛いコチュジャンをさらに混ぜて汗をかきながら食べた。本当に疲れている時の癒しは、やはり人ではなく、美味しい食べ物と睡眠だと思う。ご飯を食べて友達と電話をして吐き出したら、その後はベッドに横になりながら、プロジェクター で『愛の不時着』の続きをみた。近づいていく主人公の二人をみながら、やっぱり頭の片隅で自分のことを考えている。切ない日はとことん切ない。

 夕方に親友が家に寄ったので、軽くお茶を飲んだ。彼女が買ったオーガニックのオーツミルクが美味しいというので、お裾分けに来てくれたのだ。飲んでみると衝撃的に美味しくて、余っているという1本をそのまま買った。明日の朝、コーヒーに混ぜて飲むのが楽しみだ。

 最近自分のせいなのだが、人と話してばかりで家でひとり静かな時間を過ごしていない気がしたので、今は音楽もかけず静かな部屋の中でこれを書いている。長い間基本的にひとりで生活を楽しんで生きてきたから、他者が介入することの多くなったこの私の新しい世界に、まだうまく慣れていない。だからすぐに疲れてしまう。それはお互い様なのだろうけれど。外見とは裏腹に自分のテリトリーに他者を入れること自体に元々抵抗が強い分、今の私は試されることが多い。なんでもすぐに勝手に結論に至る癖が強いから、友人たちにも怒られるハメになる。みんなの話を聞きながら意見を取り入れてみたりするけれど、だからといって自分がそれに完全に納得しているというわけでもない。自分を選んでしまいがちな私にとっては、毎日がチャレンジだ。去年自分のzineで「五感」をテーマに作ったのだが、今こそ頭で考えて答えを見つけるのではなく、感覚に全神経を集中させて答えを得るべきなのかもしれない。

 今いちばんしたいことは、どこか遠くに行くことだ。ただひとり、ふらりと旅に出て、見知らぬ海沿いの街なんかをひたすら歩いていたい。だけどきっとそれは、ただの私の逃げ癖だ。昔「人は逃げだっていうけど、頑張ってその場から去るならそれは逃げじゃないと思う」と偉そうに人に言った事がある。今私がこの場から去ることを決めたら、それはきっと、逃げになるのだろう。

 今「The Solitude of Prime Numbers」という昔から好きな本を読んでいる。日本語に訳すと「素数たちの孤独」。どこにも属せずひとりで膝を抱え、他者を遠ざけることでしか生きることのできなかった女の子と男の子の出会いの物語。私は周りに恵まれいつだって幸せな環境の中で生まれ育ち生きてきた。だけど、いつもどこかで自分以外の全ての人間と距離を縮める事が怖い。どうして自分が幸せな家族の中で育ったにもかかわらずそうなったのか、その原因は自分でも分からない。ただ、ただ、怖いのだ。私もまた孤独な素数のひとりなのだと、この本を読む度に思う。愛されてきたのに、愛されることが苦手でもある。だけど逆に、無条件に誰かを愛することの方が得意だったりする。そういうチグハグさがどう生まれたのか、それもよく分からない。

 私は今、もうひとりの素数を向かい合っている。いや、向き合って欲しいと手を握られている。私はその手元を見下ろしながら、あたたかく伝わってくるその温度に心を打たれながら、指さきで恐怖を感じてもいる。選べないということは、ただ、互いを傷つけ続けるだけなのに。


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