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第十一話 シノノメナギの恋煩い

わたしはなんとか立ち上がり、家に向かう。常田にキスをされた頬、正確に言えば私のコンプレックスである少しでっぱった頬骨にキスをされたところに手を充てる。

もちろん今触ってもその時の感触は思い出せないけど……。酔っ払ってキスをしたのか、そうしよう。事故だったのよ、事故。

わたし心の中をかき回して……明日どんな顔で会えばいいの?

よく考えたら頬にキスなんてされたことがない。唇すらも。

にしても彼女はいません、チャラい見た目で彼女いないのは恥ずかしいって……なんで嘘ついたの?


気づけばアパート三階建の三階角部屋についた。

まだ電気ついてる。寧々、もう寝てなさいって言ったのに。


鍵でドアを開ける。
「ただいま」
と声をかける。

「おかえりなさい」
「ただいま、寧々。先に寝てって言ったのに」
「なんか、今日寝られなくて……つい。明日は休みだしさ」 

いや、わたしは仕事だ。でもこうして同じところに住んでいても互いの仕事や都合(彼女の場合は男のところや合コンに行っているケースが多いが)で過ごす時間も限られているわけだし。一緒にいられる時は一緒にいようね、って。

それよりも寧々の着ているモコモコのパジャマが可愛い。わたしはそれを触る。

「梛も気になった? 新商品のもこもこパジャマ。梛の分も買ってきたよ」
「ありがとう、シャワー浴びてそれに着替えて寝るわ」
「うん。用意しておく」

わたしは風呂場まで行き、服を脱ぐ。今日に限ってお気に入りのワンピース。タバコとお酒と焼き鳥の煙の匂いついちゃった。
急に誘われると困ったものである。しょうがないけどさ。いつものことだし。このワンピも寧々のお店の商品。

ワンピを脱ぐと黒色のキャミワンピ。とても可愛くて気分が上がる。もしあの後キスで終わらなかったらこの黒色のキャミワンピ見られたのかな、ってまた考えてる。

でもこれを脱ぐとわたしの魔法は解ける。

鏡のわたしには胸の膨らみなんてない。冷えとりレギンスを脱いで、キャミワンピのお揃いのショーツを脱ぐとさらに落ち込む。なんでこんなもの付いているのだろうか。

無駄毛は処理しているけど現実が鏡を映し出す。嫌だ。嫌だ。


浴槽に入るとネネが覗き込む。
「こら、先にベッドに入ってなさい」
「それはできない」
「なんでよ」
「梛、お酒飲んでるし夜遅いしいつもぼーっとしてるからお風呂で暴れたら困るもん」
「そんなことないから。大丈夫」
心配してくれるのは嬉しいけどわたしはお風呂に入ってまったり妄想するのが好き。
また常田との妄想の続きをさせて。……だんまりしてたら寧々は出て行った。

ボーッとしてるのはわたしの妄想タイム中のことね。寧々といてもボーッとしてしまう。それがわたしの至福の時。邪魔しないで。

さて、常田とのことを妄想しよう。もしあの後ラブホに行くことになったら……ホテルの部屋に入ってすぐキスをして。
きっと恥ずかしがりながらキスをしそう。今度こそ唇。彼はわたしの正体を知っているのにそれを承知でキスをしたのだ。この体を受け入れてくれる、ということなのね。

お風呂は別々で入って……わたしはガウンの下にあのキャミワンピと下着を着用して出てくる。

ガウンを脱いで、と言われてもあのキャミワンピ姿を見せればいい。キャミワンピがわたしの正体を隠してくれる。
ベッドの上で抱き合って、キスをして、部屋を真っ暗にして、布団の中で……。

ダメダメ、いくら暗くしても布団のなかにいてもわたしは隠せないだろう。キスだけで時間はもつのか?

「やっぱり梛が心配だからきた。もうかなり時間経ってますけど」
気づけば十分時間過ぎていた。妄想するとあっという間だ。
「ああ、ごめん。もう出るよ」
「心配してたんだから、はい……タオル。で、パジャマ。色違いだよ」
寧々は淡いイエロー。私は淡いピンク。腕を通すとテンション上がってきた。もこもこに可愛いピンク。
「似合うー!」
「可愛い、気持ちいいし。ありがとう、ネネ」
「どういたしまして。梛は可愛いもん」
とわたしを撫でてくれた。私を女の子として大切にしてくれる人。てか裸の時くらい外出てよ。体は男なんだから、わたし。

続く

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