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変わらない日常をかなぐり捨て、ただまっすぐ振り返らず進む

あのひとに会うまでの道のりもあのひととの記憶だ、雪をかぶった山の尾根、緑の屋根の大きなスーパー、夜の首都高の冷たい空気、ひとつひとつをたどりながら、ひとに会う。

電車がうらやましい。
力強くまっすぐ振り返ることなく目的の場所へ向かう。車体がきしんで左右に大きく揺れてもまっすぐに進んでいくさまは、わたしの父のようにゆるぎなく、恐れすら感じる。

迷いやすいわたしはときどき電車の力を借りて、変わらない日常をかなぐり捨てただまっすぐに進む。時を刻む音におびえず、ともにひとつ先へと進むために。

力強く運ばれるわたしは昔のわたしに戻ることができない。日々の小さな後悔に埋もれて取り返しがつかないことにおびえていたわたしは、電車が東京を過ぎ、山梨へ入り、富士山が見えたころにはすっかり愉快になっている。

かちかちに固まった心が溶けて手足の先まで血が巡ってくるのがわかる。やっと帰ってきた。ああ、ざまあみろ、と思えたらもう孤独はゆるぎない友だ。

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