今の仕事を選択する理由②
おたけです。
題名の通りカンボジア3日目の体験の続きをシェアします。
~午後から訪問した「孤児院」について~
昼間の観光を終えて先輩と孤児院へ。
市街地からトゥクトゥクで約30分。
途中で路地に入り川を横目に舗装されていない道を走ります。
そこでは木造でアルミの板で補強した家が立ち並び、突き当りに子どもの元気な声がしているところがありました。
初めは珍しい顔をしてこちらを見てきましたが、すぐに服を引っ張ったりニコニコしながらクメール語で話しかけてきました。
30人くらいいる中で、1人の女性に出会いました。
彼女は18歳でもうすぐ孤児院を卒業するとのことです。
簡単に自己紹介をお互いしました。英語も喋れてとても優秀で先輩とはユーモアもあるやりとりをする女性でした。
授業の時間になり、その子が主体となって10歳弱~18歳までの子どもたちをまとめてクラスの中に入っていきます。(小さい子どもはなかなか入ってくれないですが笑)
みんなが着席すると僕が自己紹介をして、皆さんから質問を受けました。
「日本のどこからきましたか?」「いつカンボジアにきましたか?」「カンボジア料理は食べましたか?」
みんなの目はまぶしすぎるくらいキラキラしていました。
そして今度は僕から質問しました。
「毎日の中で楽しいことはなんですか?」「将来の夢はなんですか?」
「サッカーをすることです」「研究者になることです」「先生になることです」「警察官になることです」
その合間にも18歳の彼女は周りを見ながら、子どもの背中を叩いて質問を促していました。
最後にお土産のお菓子を配ってから、みんなとサッカーをしました。
やはり10代、フットワークの軽さが全然違ってまた抜きを食らいまくりました(笑)
合計1時間ほど時間を一緒にした後、教室に戻りました。
そしてさようならを言う前に子どもたちが全員で起し、歌を歌い始めました。
歌ってくれたのはゆずの「栄光への架け橋」
アカペラで一番を歌ってくれ、その時は言葉が出ませんでした。
あっという間の時間で帰り際に順番に子どもたちが、「またきてね」と日本語で言ってくれました。
またきたい。また来れるようになりたい。
そう思いつつも
次来るときまでに僕はこの子たちの何になれるかな?
と考えました。
そうこうしているうちに先輩が帰るよ!と一声。
行こうと思ったら、18歳の女の子がこちらにやってきました。
「カンボジアはどう感じますか?」
「優しい場所です。日本にないものをたくさん持っています。」
子どもたちを見守るときの引き締まった表情から笑みがこぼれました。今度は僕から質問しました。
「あなたの将来の夢は何ですか?」
「日本で働きたいです。でもわからない...。」
話を聞くと日本語学校の校長経由で日本に一度行ったことがあるようで、仕事で行ってみたいそうです。ただ、何かひっかかるところがあるように感じました。そこを聞きたかったですが、先輩の呼ぶ声が大きくなってきたので止めました。
最後にfacebookはやってるか?と聞くと、「やっているけど、また先輩に聞いてください」と言われました。
少しモヤモヤがある中でカンボジア人の先生と三人でバイクに乗り、その場所を後にしました。
左手にはメコン川の夕焼けがありきれいだなと眺めていました。戦後の京都の川辺とかはこんな感じだったのかなと考えてみたり。
そして少し進むと右手には大きな建設物が建てられていました。
先輩に聞くと、
「ここは中国企業がどんどん進出してきているよ。」
5年前は川の向こう側には明かり一つなかったのが、今では繁華街として並び立つ都市に生まれ変わったとのことです。
カンボジアの貧困層の生活する環境の目の前には先進国の開発がすぐそこまで迫っていました
すべてが当たり前でないと痛感しました。
自分はこの国の心の温かさ、優しさ、人として大事なものを知った上で帰国してどのような道を歩んでいくのか固まってきた気がしました。
to be continued...
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?