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月刊 為替市場の論点(2024年7月)

明治安田総合研究所 経済調査部 エコノミスト 吉川裕也氏

明治安田総合研究所 経済調査部 エコノミスト 吉川裕也氏から、調査レポートが届きました。

〈要約〉
財務省の為替介入と日銀の利上げという対円安連係プレーの背景には、輸入物価上昇が好循環に水を差すことへの警戒感があったとみる。円安傾向に歯止めが掛かったようにもみえるが、日米実質金利差は依然大きく、実需は円売り優勢であり、米景気のソフトランディング期待は保たれている。今回の利上げが本格的な円高局面の起点になるとみるのは早計か。円安には日本の相対的な経済力の低下という側面があるため、好循環定着で一人当たりGDPを押し上げることも求められる。


■振り返りと今後の注目点

財務省の円買い介入と日銀の利上げ 財務省と日銀による対円安 連係プレー

◆ドル/円概況(6/25~7/31)
・テレビ討論会以降、トランプ氏優勢ムードが強まり、積極財政政策への思惑などからドル高傾向。7月3日、日銀発表の第1四半期需給ギャップは▲0.66%とマイナス幅拡大。引き締め政策が遅れるとの見方から円売りも加わり、1ドル161.95円を付けた

・8日発表の5月毎月勤労統計では、一般 労働者の所定内給与が前年比+2.7%と約30年ぶりの高い伸びとなる一方、実質賃金はマイナス幅拡大と、日銀の追加利 上げ観測を高めるには至らず

・11日と12日に円買い介入とみられる動き。 17日と22日には政府要人から利上げ督促ともとれる発言があり、円売りポジションを手仕舞う動きが強まった

・31日、日銀は国債買い入れ減額の具体的な計画と利上げを同時に発表

◆今後の注目点
・円買い介入、日銀の利上げにより、ドル/円 は調整局面に入ったが、本格的な円高になるかどうかは依然不透明。金利動向や実需に劇的な変化はなく、円安の芽はまだ残っている可能性も

論点①円買い介入

為替介入における水準訂正の意図が明確に 国民の生活が脅かされるとしたら由々しきこと

・11日と12日の介入指数(ドル/円の3ヵ月前比の値幅+3ヵ月実績ボラティリティー)はそれぞれ13.1、14.0。4-5月(約16)や2022年9-10月(17-22)と比べ大幅に低い。ボラ、値幅の両面から見て、「過度な変動」とは言い難い。介入の動機がボラを均す「スムージング」から水準を押し下げる「水準訂正」へと明確にシフトしたとみなせる

・神田財務官は12日、「投機によって円安になり輸入物価が上がってしまい、普通に生きてる人たち、国民の生活が脅かされるとしたら由々しきこと、問題である」との認識を示した。輸入物価上昇による必需品価格の値上がりが所得環境を悪化させることを懸念している模様

・26日、イエレン米財務長官は、米国が長年、問題視してきたのは通貨安への誘導だと述べ、日本の円買い介入に理解を示す。ボラや値幅が低水準でも、円買い介入の妨げにはならない模様。円安の経済厚生への影響を評価することに日本の財務省の主眼が置かれているようだ

論点②円安の輸入物価押し上げ効果

介入と利上げの背後に「第一の力第2ラウンド」 170円台で実質賃金ゼロ成長も

・植田日銀総裁は、7月会合後の会見で、輸入物価上昇への警戒感を滲ませている。円安は輸入物価を通して約6ヵ月後のCPI(財)に 影響するため、2024年下半期(7-12月)の円安が反映されるのは2025年上半期(1-6月)。CPI(財)の上昇率の半分がCPIへの寄与度となる

①CPI(財)=0.09×(輸入物価、6か月前)+1.97(決定係数:0.72、期間:2020年1月~2024年5月)
②CPI(財)=0.05×(輸入物価、6か月前)+0.76(決定係数:0.37、期間:2016年1月~2019年12月)

・2024年下期の円安による2025年上期のCPI押上げ効果(対ベースライン:4-6月期中平均155円)は1ドル160円で0.1%pt、170 円で0.4%pt、180円で0.6%pt。円安が進むと実質賃金が目減りする。170円台での推移となると、実質賃金のプラス幅消滅の可能性も出てくる。2024年9月にもプラス転換するとみられる実質賃金は、円安の程度によって大きく目減りするリスクを抱えている

・財務省の為替介入と日銀の利上げという対円安連係プレーの背景には、輸入物価上昇が好循環に水を差すことへの警戒感があったとみる

論点③円高局面への条件

本格的な円高局面は訪れるのか 金利動向や実需に劇的な変化はなく、 円安の芽はまだ残っている可能性

・7月11日の円買い介入以降、ドル/円は調整局面入り。本格的な円高局面の起点になりうるかを検討する

・米国の利上げ局面入り(22年3月~)以降、10円以上の円高局面は2回。2023年11-12月、日米ともに政策金利予想が低下するなか、米国の低下幅が大幅であり、ドル売り圧力が円売り圧力を上回ったと評価できる

・足もとの局面は2022年10-12月と類似(円高+ドル安)しており、当時、約20円ほどドル/円は調整。FRBにはハト派寄りの、日銀にはタカ派寄りのバイアスが掛かった点が類似する一方、22年は長期金利の変動上限引き上げ、24年は政策金利引き上げであり、単純比較は困難。それでも、先々の政策金利予想では、ある程度共通の土俵に乗せることが可能。政策金利予想の修正幅は当時より小幅

・2022年10-12月と比べ、貿易・サービス赤字は13.6兆円縮小し、対外直接投資(ネット)は9.4兆円増加(円売り要因▲4.2兆円、 直近12ヵ月の合計)。もっとも、対外証券投資(ネット)が大幅に増加(▲19.4→3.7兆円、+23.1兆円、同)しているため、円の需給は当時よりも円売り優勢とみられる

・さらに、2022年10-12月はVIX指数が20を上回って推移するなど、足もとと比べリスクセンチメントが悪かった。足もとの政策金利予想の修正幅はより小さく、円需給は円売り優勢。米景気のソフトランディング期待が維持されれば、本格的な円高局面には至らないと考えられる

論点④円安と国際競争力

円の実力と日本のプレゼンス 低迷する日本の経済力 円安是正には稼ぐ力の底上げも必要

・日本の一人当たり実質GDPの対G7平均比は1990年代前半にピークアウトし、金融危機の最中にあった1998年以降急低下、歩調を合わせる形で円の実質実効レートも低下基調に。日本の経済力と円の実力の間には強い相関関係

・日本の一人当たり実質GDPの対G7平均比は0.65近辺、日本の相対的な経済力は1970年代半ばの水準に逆戻り。1人当たり実質労働生産性の日本の順位は1990年の13位から2022年には31位まで後退

・日本経済は目下、縮小均衡のデフレ経済から消費・投資共に活発なインフレ経済への転換点にある。企業の賃金設定行動は積極化、人的・物的資本への投資にも活発化の兆候がみえる。好循環定着で一人当たりGDPが押し上げられれば、円安是正への道が見えてくる

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