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研究として出会ったパラスポーツとパラアスリート(7/100)

こんにちは。まえゆかです。
秋ですね~オクトーバーフェストに行こうかなと計画中。
ネットサーフィンしていたらビール柄の可愛いシャツを見つけて思わずぽちり。
季節がかわるタイミングってついつい衝動買いしてしまいます。

さて、前回はボランティア→アルバイトとしてパラスポーツに関わるようになった時のことをお話しました。

今回は、私が研究としてどんなことをしていたかというお話。

日本財団パラリンピック研究会という組織

この研究会は、アカデミック領域からパラリンピックについての調査研究を進め、官民の施策に役立つ提言を行うことが目的に設立されました。
下記リンクにお写真のある小倉和夫氏が私が緊張しながら面談した方です。

主な活動としては、大学などの研究機関と連携したシンポジムを年に2~3回開催したり、朝会のような形で1テーマ設定し、ゲストをお呼びしたワークショップを1,2か月に1回ほど開催したり、その他は紀要の発行をしたりといった、通常の研究組織と基本的には同じような動きかなと思います。

かなり少人数で動いていた組織としては、この頻度でシンポジウムやワークショップを企画・運営するのは、かなり忙しい組織だったのではないかと思います。

運営しているメンバーはそれぞれに研究テーマを持っているので、研究会で与えられている調査研究と併せてこれらのイベントがあると運営などのサポートに入っていました。

全てのレポートは公開されていませんが、研究会のリンクからシンポジウムやワークショップの履歴が見られますので、ご興味のある方はぜひご覧ください^^

観客・選手目線での施設の調査

私がメインで担当した研究テーマがこちら。

論文のタイトルは「障害のある人にとっての競技場のアクセシビリティ ―観客として、競技者として―」

車いすユーザーで東洋大学(当時)でユニバーサルデザインについて研究を行っていた川内美彦先生と一緒に研究をさせていただきました。

観客として、の研究

この部分の研究のメインは川内先生。
川内先生は当時から、海外の競技場を複数回り、障害のある方々が観客として来場した際のバリアフリールートや観客席からステージの見え方などを研究されていました。

特に海外では、車いす席は「水平方向と垂直方向に」設置しなければいけないといった決まりがあったりします。
国内の劇場などは、A席のみしか車いす席がないとか、右側しかないとか、エリアがすごく限定されてしまいますが、他の人が選べるのに車いすユーザーだと選べないという環境は差別に値するので、そういった会場づくりはしてはいけないと考えられています。

3階席に車いす席を作ると、地震の多い日本だと避難ルートが大変…とか現実的な問題はいくつかあるんだと思います。
でも、他の施設の事例などを観ながら、3階席レベルでも会場全体を周回するようなスロープが設置されていて、エレベーターを使わずに降りられる仕組みを設けている設備などがあり、新設する設備であれば導入できそうなアイディアはたくさんあります。

当時は新国立の設立や、オリンピック・パラリンピックの開催基準に合わせて座席の増改築などが行われていた時でしたので、現状の会場はどうなっているのか、どういった構造を目指すべきなのか、観客目線での調査を中心に行いました。

選手として、の研究

こちらもメインは川内先生ですが、補助に入らせていただき、ものすごく勉強をさせていただきました。
何よりもこの研究によって、クラブチームでパラスポーツに取り組む方々に出会い、パラスポーツに対してもっと興味を持つきっかけになったこと、そしてパラスポーツの環境をもっとよくするためにできることはないか、仕事として向き合うことを意識するようになったと思います。

研究のスタートは、パラスポーツに取り組む方々へのアンケート調査。
アンケート項目を作り、メールまたは郵送でアンケートを送付しました。
調査の対象にしたのは、通常の施設だとバリアを感じそうな、車いすラグビー、車いすバスケ、車いすテニス、ボッチャ、車いす陸上、ブラインドサッカー。

一次アンケートでは、どんな施設が使いやすいか、どんな設備が欲しいのか、実際に使いやすい施設などを質問し、使いやすい施設として名前が挙がったところには実際に調査にも伺いました。

二次アンケートでは、車いすラグビー、車いすバスケ、ボッチャ、ブラインドサッカーを対象に行い、練習日数や会場までの移動手段など、より具体的に利用している現状について把握するための質問を設定させていただき、その後実際に選手やチームの練習場を訪れてインタビューと調査をさせていただきました。

当時執筆した論文のデータは以下からご覧いただけます。
「日本財団パラリンピック研究会紀要Vol.2 別冊.pdf」という方ですので、練習場の当時の現状などを知りたい方はぜひご覧ください!

その後、日本財団がお台場に日本財団パラアリーナを設立するに至りますが、その一助になれたのかなと思っています^^

調査として出会った選手たちの魅力

研究者としては半人前以下だった私が、川内先生と一緒に調査を回らせていただいたことで、私自身の「障害者」に対する考え方も変わりましたし、パラスポーツへの印象もどんどんと変わっていきます。

川内先生ご自身が車いすユーザーだったので、一緒に出張を回ることで、普段使っている駅や新幹線、ホテルなどで見落としていたバリアには当事者目線で気づくことができました。

体育館内のバリアを感じる方々が特に多かったので、車いすラグビー、車いすバスケの方々のインタビュー、練習場所の調査を通じて、考えることもたくさんありました。

調査当時、使える体育館が限られており、チームによっては片道3時間かけて体育館に移動しているという回答もありました。

片道3時間…?!
往復した6時間。1日の4分の1を移動時間に充てている計算になります。
さらに、車いすラグビーの練習だと松脂が体育館についてしまうため、練習終わりに2時間程かけて選手自らで清掃しているという話も。
清掃時間も利用時間内に含まれると聞いて、

めっちゃ練習時間限られるじゃん…
っていうか、めっちゃ練習環境を得るだけでも大変じゃん…
なのに、みんな楽しそうなのは何で?!?!

何でそこまでして、みんながパラスポーツに取り組んでいるのか。

私自身が運動することが好きじゃないタイプでもあったので、選手の気持ちはさっぱりわかりませんでした。

でも、選手たちを観ていると本当に楽しそうで、競技が好きで、仲間が好きそうで。
理屈じゃないんだなと。

その真っすぐさに心奪われ、自然と選手のことを応援したい気持ちが湧きだし、研究の一環と思いつつも、
もっと現場が知りたい、
もっと選手のことが知りたい、
と思って、個人的に週末に開催している大会情報を調べ、関東近郊を中心に様々な競技の大会を見にいくようになりました。

この頃から、オタクになりかけてます。笑

たぶん、選手たちは覚えてないと思いますが、車いすラグビーのAXEや、車いすバスケの埼玉ライオンズにインタビューさせていただいたんですよね~懐かしい。

自分にできることを考え始めた時期

パラスポーツを知るほど、選手を知るほど、想いがどんどん溢れてきていた時代。
まっすぐに競技に向き合う選手たち、それを支えているクラブチームのスタッフたち。

どの方々も、楽しさもありつつ、困難もたくさん抱えていたと思います。

私がお会いした方々は、限られた環境でも、大変な環境でも競技をやりたい人たち。
だからこそ、パラリンピックという場でも活躍できた人たちなのかもしれません。

でも、これだけの困難が目の前にあったら、スポーツの楽しさを味わう前に諦めちゃう人たちも多そうだなと…
私だったら、そうなっちゃうだろうなと…

パラスポーツをスポーツとして、レジャーとして楽しむにはあまりにも環境が整ってない。

スポーツが「やりたい」「やりたくない」の選択肢で考えるより前に「できる」「できない」の選択肢で判断しちゃう人たちが多いのではないか。

もしそうなら、その選択肢を「やりたい」「やりたくない」のレベルまで引き上げたい。

この考え方は当時研究テーマにしていたCapability Approachの考え方にも基づいていますが、研究フィールドというだけでなくもっと具体的に実践として社会を動かしていくことをしていきたいなと、ぼんやり考えるような時期になっていました。

とはいえ、どうやったらそれができるのかはイメージできていない時期ではありましたが。。

研究として携わりながら、パラスポーツの魅力に触れ、私の中での舵が少しずつ変化していった時でした。
この後また、ラッキーとしか言いようのないチャンスが舞い降りたりもするのですが、その辺のお話はまた今度。

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