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伝授

植木の水やりで、根本の土にホースの口を近づけてしっかりと時間をかけてやりながら、ふと、気づいた。蚊に刺されるのが嫌で早く終わらせたい気持ちもあり、表面にサーっと撒いているのを母が見て、葉の方だけじゃなくて、もっと根本の方にこうしてやって、と言われ、その時は、うるさいなぁと思ったものの、母に言われたやり方の方が良いことにずっと後になって気づき、結局、そのやり方でやるようになっていた。他にも、母がしているのを見て、あの場面でなるほどそうやるのか、と思って真似してやり始めたやり方だな、と感じながらしていることがたくさんある。

お米の研ぎ方は、高校時代に居候させていただいた雪国の民宿のおばさんから。大勢のお客さんのための1升となると、自宅で2、3合研ぐのとは違う。水を止めて、しっかり研ぎ、その後ジャーッと一杯の水を注ぎこんでから底まで手を入れて、沈んだ糠を浮かべて流しこぼし、またしっかり研いでから水を入れて、底から浮かび上げて流しこぼす、という方法で、無駄に水を使わずに素早く大量のお米を研ぐことが出来ると。料理を必要以上に時間をかけずに、さっと人数分に盛り付けたり、立体的に美しく見えるようにする技なども。

英語のBookの「oo」の部分の発音は、英国の母。両親の若い頃からの友人ではあるが、私にとっては、語学留学、大学院時代、その後も何度となく長期に渡って居候させていただき、実の娘のように「鍛えて」くれた人。Bookと、きちんと言えるようになるまで、この部屋から出てこないこと、と彼女が、Book、Book、Bookと吹き込んだカセットテープを入れたカセットデッキを置いてドアを閉められ、一人ぶつぶつ、ブックブック、練習したあの日。cookやschoolという時にも思い出す。大きなバスタオルの畳み方も、なんで先に縦に畳んだ方が良いと彼女が思っているか、切々と説明してくれたなあ。

もっと遡ると、お風呂での身体の洗い方。これは、祖母が、女の子は、耳の後ろや首の後ろ、人から見えないようなところこそきれいに、と。就寝前には、翌日に着る服を整えて、万が一の時に備えて、出来れば枕元など身近なところに置くこと。

思いを持って伝授してくださった皆さんが伝えたかったことを、今の私がすべて出来ているかといえば、心許ないが、時を経るにつれ、こういう気持ちで教えてくれていたんだな、ということがポツリぽつりと分かるようになってきて噛みしめている。これが歳を取ることのオマケなのならば、喜んで歳を取る。

多くの日本人が、家庭や学校で小さい頃から伝授された、家に帰ったら手を洗う、食事の前にも手を洗う、くしゃみが出るときは、マスクやハンカチなどで口を覆う、何でもよく洗ったり干したりして、清潔を良しとするなどの習慣は、今回のコロナウィルス大流行で力を発揮したと思う。それが役に立つ日がくるかどうかはわからなくても、授けられた本人がその瞬間は、有難いと思わなくても、思いを持って伝授されたものは、いつか花開く。

そして、また伝授されていく。



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