月見バーガーひとつください
月見バーガーが食べたい。
今年こそは食べたい。
そう思い立った9月の終わり、自転車で最寄りのマクドナルドまで走った。
秋晴れの空の下、爽やかな風を感じながら、自転車を漕ぐのはなかなか気分がいい。
しかも憧れの月見バーガーを買いに行くのだ。気分がよくないはずがない。
マクドナルドが月見バーガーをいつ発売したかなんて知らないし、わたしが月見バーガーの存在をどうやって認識したのかなんて覚えていないけれど、なんとも思っていなかった(なんなら美味しくなさそうだと思っていた)月見バーガーが特別な存在になった理由は、はっきりと覚えている。
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永遠の迷子でいたい あかねさす 月見バーガーふたつください
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出会ったのは大学生の時だったかなあ。
「回転ドアは、順番に」という本の中の東直子さんの短歌にときめいたのだ。
この本は歌人である、穂村弘さんと東直子さんの詩の掛け合いが紡がれた一冊で、詩の中でふたりは恋人どうし。
春に出会い、恋に落ちて、夏には海に行って、秋にふたりで迷子になるのだ。
自分たちがどこにいるのか分からないまま、ふたり並んで食べた月見バーガーは、どんな味がしたんだろう。
この詩に出会った日から月見バーガーは、真夜中のホットケーキや、喫茶店のクリームソーダや、半分このビスケットなんかと肩を並べて、めでたく「ときめき食べ物シリーズ」の仲間入りを果たしたのである。
そんな風に月見バーガーには思い入れがありすぎて、そうやすやすとは食べられなくなってしまった。その上、秋が知らない間に冬に変わってしまうように、月見バーガーも気がつけば毎年わたしの前からこつぜんと姿を消してしまう。期間限定の罠である。
そんなわけで、これまで一度も月見バーガーを食べる機会に恵まれない人生を送ってきたのだが、考えてみれば、月見バーガーを販売期間内に食べることのハードルはそんなに高くない。今年の月見バーガーの販売期間をググってみると、開始日は9月2日 終了日は10月中旬と出てきた。チャンスはおおよそ1か月半ある。1週間ならまだしも、1か月半もあれば、1回くらいはタイミングが合うだろう。そして、家から自転車で10分行けばマクドナルドに辿り着けるし、そこで300円ちょっと(クーポンを使って320円だった)で買える。わたしが勝手に自分でハードルを上げすぎてしまっていただけなのだ。マクドナルドはいつでも庶民の味方だろ? I’m lovin’ it.
なーんてことは本当はあまり深く考えず、朝起きて天気がよくて、なんとなくマクド食べたいなあ。って気分のまま、チャリ漕いで、月見バーガーを買いに行った、そんな午前中でした。
・・・・・・・
お持ち帰りをして家に戻っても、まだ12時になっていなかった。少し早めのお昼ごはんが入った紙袋は、帰り道で少し汗をかいていた。中には、チーズとかもはさまっていない、ノーマルタイプの月見バーガーと、ポテトのL。
マクドを食べるのに、お茶だと雰囲気も出ないので、冷蔵庫をのぞく。オレンジジュースだったらカンペキだったけれど、野菜生活もまあ悪くはないなと、コップに注ぐ。
袋からポテトを取り出して、店員さんが多めに入れてくれたペーパーを1枚机に置き、その上に乗せる。容器から飛び出して、紙袋の底に逃げたポテトを口に入れる。ちょっとしなっとしてるけど、おいしい。マクドのポテトには麻薬成分が入ってるって話をしたのは、どこで誰とだったかなあ。
そして、ついに手に入れた、憧れのハンバーガー。紙に包まれて、あったかくて、ちょっと丸くて、少し四角い。包み紙に印刷された鮮やかなブルーに浮かぶ満月には、大きく「月見バーガー」の文字。右側にはキャッチコピーみたいなのまで書かれている。
「月を見る。心が上を向く。」
ぱくり。
…ぼやけた、朝ごはんみたいな味。
予想はしていたけど、予想以上にそんなに美味しくはない。不味くはないけど、美味しいかといわれたら、ふつうと答える。って味。
なんだかわたしはこうなるのが分かっていたから、ずっと何年もチャンスをみずから逃し続けて来たのかなあと思った。詩の中の月見バーガーが輝いているのは、恋人と秋の空の下で、迷子になりながら食べた食べ物だからであって、現実の月見バーガーは、パンとベーコンと卵と肉だけの、野菜がひとつも入っていない、愚かな食べ物だった。
冷蔵庫からケチャップを取り出して、卵の上にかけたら、いくらかハッキリした味になった。
ポテトポテト月見ポテト月見ポテト野菜生活…くらいの割合で食べても、流石にポテトLは強敵で、なかなか減らず、最後の方は少し無理をして完食した。
ああ、月見バーガーを食べてしまった。
味はもう知ってしまったけれど、それでも魔法はまだ解けていない。あの詩は、とてもすてきだから。
わたしはもう、現実の月見バーガーを食べることはないだろうとおもう。チーズバーガーの方が好きだもん。
もし、2度目があるとするならば、それは月がきれいな秋の夜、迷子になるためにあてもなく一緒に歩いてくれるひとの隣で。
「月見バーガーふたつください」
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