小さな屋根は1つ

季節の変わり目、天候が不安定な日々。

職場を出て鞄を探り、しまった…と心の中で
つぶやく。
最近、出番がなかったので油断していた。

玄関に置き去りになっている折り畳み傘と、
まだ半分夢の中で聞き流していた

帰りは降ってるかもよー

という君の声を思い出す。

会社から駅までは幸い走れば数分だが、
最寄りから家までは中々に…

しかし、忠告してもらっていた手前
迎えに来てくれと頼むのも忍びない。


その強さがどんどんと増していくのを
信号の光で計りつつ
どうしたものかと
ひとまず携帯を手に取ってみる。

ここで言わなくても帰れば生返事だったことはバレるわけで、さらにそれだけじゃなく、
濡れて帰ってきた罪も加算されるのなら
潔く自主しよう。


ごめん。忘れた。

何時に駅着く?


見透かされていることに
少し耳が熱くなりながら到着時間を送信し、
駆け出した。



ホームから上がると改札の向こうで
待っている君を見つける。

目が合った瞬間、
パッと嬉しそうに笑ったくせに
慌ててそれを引っ込めて怖い顔を作ってきた。


「ごめん、ありがとう」
「ねぼすけめ」
「ごめん」

痛くも痒くもないデコピンを
喰らいながら謝ると、
なぜだか少し嬉しそうにしている。

「お仕事お疲れさま、帰ろ!」

そう言って差し出してくれた傘を受け取った。

広げて歩き出そうとして、自然と絡まってきた腕に疑問を抱く。

「自分のは?」
「雨の日デートって言えば傘は1本でしょ?」


合法的に近付いた距離で見上げられ、
思わず上がる口角を必死に押さえつけた。
嬉しそうな理由はこれか。


「忘れてくれたおかげで少し早く会えたね!」

あまりの可愛さで、傘を持つ手に力が入る。

ご機嫌斜めな空模様とは裏腹な甘い帰り道。

狭いからと心の中で言い訳して
君を引き寄せた。


おわり。

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