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ジェーン・スーが聞く「音楽と私」 宇多田ヒカルさんインタビュー その5

こんにちは。自己満足な毎日をすごしたいです。


今回は、先日発売されたVOGUE JAPAN 7月号に掲載されている宇多田ヒカルさんのインタビュー紹介のその5(ラスト)です。

その1からその4はこちら👇





【In My Mode 宇多田ヒカルが語る、「今の私」に至るまで】

「コーチェラ・フェスティバル」参加の数日後に、宇多田さん自らが対談相手に指名したジェーン・スーさんとのロングインタビューです。

<宇多田ヒカルの一番の理解者は誰か>

スー:誰の期待に応えることが、誰の期待を裏切ることが、一番ハード?

宇多田:ファンの期待は、意識しないほうがいいと思ってる。アーティストであることは、作品を作る上でそういう期待に応えないってことだから。


スー:ファンは、作品の自分自身に響く部分を自由に解釈して愛することができる。

宇多田:私に歌を歌ったり、ミュージシャンになったりしてほしいと思っていた母親の期待かな。父は私にミュージシャンになってほしいっていう感覚はなかったんじゃないかな。母は私に音楽をやってほしかったんだなって感じる。彼女のことを理解できる人間になってほしかったんだと思う。音楽に対する情熱がすごくて、その情熱を共有できる、理解できる人間になってほしかったんじゃないかな。私を理解してくれっていう期待はすごかった。


スー:宇多田さんの音楽活動に対してはどうだった?

宇多田:キャリアに対するプレッシャーは、全くなかった。デビューして、ある日、「やめたい」って母に言ったら、「じゃあやめれば?」って。そのときにすごく気が楽になった。「やめたければやめられるじゃん。私が私でなくなるわけじゃないし」って。


スー:宇多田さんが認識する、一番の理解者は誰?

宇多田:そんなこと言っちゃうと、どうしても精神分析医がパッと浮かんじゃう(笑) 親友とは幼少期からの経験や環境もかぶるところがあって、お互いに「奇跡みたいだね」って。なんでも話せばわかってくれる信頼がある相手。あとは、自分が自分の一番の理解者になりつつあるのかな。


スー:自分で自分を理解していく作業の、今は何合目くらい?まだわからない?

宇多田:何かを知ることって、知れば知るほど、自分がいかに知らないかを知ること。ただ、自分への信頼みたいなものがだんだん養われていっている気がする。それが世界の信頼とか、他者への信頼に繋がっていくのを感じている。



デビューした宇多田さんが「やめたい」言ったら、「じゃあやめれば?」という話は以前にも聞いたことがある気がする🤔

お母さんとしては、音楽をやることと、仕事としての音楽は同義ではなかったのかもしれないですね。

でも、そんな温度感だったからこそ、宇多田さんはすごく気が楽になって、「やめたければやめられるじゃん。私が私でなくなるわけじゃないし」って腹落ちして、これまでに繋がっているんだと思うんだよね。

そう考えると、本当に人間関係であったり、言葉だったりって、不思議だし、縁なんだろうなぁ🙄


自分が自分の一番の理解者になりつつあるのかな。

なりたくても、なかなかなれない。そこに達しようとしているのがすごい😊

自分自身と向き合ってきたからこそなんだろうね⤴️果たして、自分はどうなんだろう?それすらわかっていない気がする😓でも、宇多田さんの書いた歌詞からいろいろと考えさせられているのは確か☝️自分に矢印を向けるところとかね✨


最後の

「何かを知ることって、知れば知るほど、自分がいかに知らないかを知ること。ただ、自分への信頼みたいなものがだんだん養われていっている気がする。それが世界の信頼とか、他者への信頼に繋がっていくのを感じている」

って部分も、一朝一夕には養われない考え方。

ソクラテスの「無知の知」からさらに深いところに達している感じ?

自分を大切にできないと、他者を大切にはできないってWILD LIFEで宇多田さんが言っていたけれど、それに近い感覚なのかな?

今の自分にはまだまだ理解ができないよー😭

宇多田さんの言葉を借りると、自分を信頼できてないのかもしれないね🙍


これからも、宇多田さんの言葉や歌詞を通じて、いろいろなことを考えていきたいな🥰

読み応えのあるインタビューでした❤️

さて、今回で【In My Mode 宇多田ヒカルが語る、「今の私」に至るまで】についての投稿は終了です。

5回に渡って読んでいただいた方、ありがとうございました。



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