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プログラミング教育って何するの?の話

所属する学校でスプリンギンの授業をして約10日。
※スプリンギンを教えた時の様子はこちら

時間割に「スプリンギン」の文字が!

前回授業をさせてもらった6年生の時間割が、以下のようになっていました。

月曜4時間目「図工:スプリンギンでゲームをつくろう!」
火曜6時間目「図工:スプリンギンでつくったゲームで交流しよう!」


これは気になる!どんな授業するんだろう?
担任の先生にお願いして授業を見せてもらうことにしました。

6年生にスプリンギンを教えた際は、コロコロゲームを作るだけで限られた属性しか教えなかったのですが…

今回行ってみると
「コロコロゲームをとことん進化させている子」
「傾けて動かす迷路ゲームを作っている子」
「マリオみたいなアクションゲームを作っている子」
「クレーンゲームを作っている子」
など様々でした。

作ったものを見せ合う姿

よく見ると多くの子どもたちが教えていない属性を使いこなし、分からないことがあっても友達に聞いたり先生と一緒に考えたりして思考錯誤していたのです(担任の先生もスプリンギンと出会ってまだ10日)

教え合う姿

そしてみんな生き生き、楽しそうに活動していました。

国の方針は

さて、文部科学省はプログラミング教育で身につける「プログラミング的思考」について

「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組み合わせが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組み合わせをどのように改善していけばより意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考える力」
出典「プログラミング教育の手引き」

と説明しています。

今日見た子どもたちは、まさに「自分が意図する活動(今回なら作りたいゲームや動き)を実現」するために「動きの組み合わせを考えたり改善(アイコンの組み合わせを試行錯誤)」していました。

プログラミング的思考が育まれていたのだろうと考えています。

しかし…

しかし、私には1つ引っかかることが。下は私の娘が通う別の小学校の時間割(小学3年生)です。

「プログラミング」という教科があり、その中身は「キーボード操作」とあります。

「んんっ?」

どうも娘は学校で「タイピング」を習っているようなのです。

「これがプログラミング?」と、どうしても考えてしまう。…というか、やはり学校現場では「プログラミング教育って何を教えるのよ?」って不安な(というか不満な)先生たちが多いのだろうなと思います(プログラミング=タブレットを使うこと、という感覚も多そう)

こういう状態だと「先生たちが困っているから、じゃあプログラミングの教科書作ろう!」って流れになりそうで、それも嫌な感じ。やることが1つに定まってしまいそう。

今日の授業で

今日見た6年生の授業、何人もの子どもたちが「先生、ちょっと僕のゲームで遊んでください」と声をかけてくれました。みんなこだわって作るから人に見せたいし、1人1人違うもの作ってるから面白いんだよなぁ、と感じます。こんな姿を見ると「プログラミング教育に教科書なんて不要」と思うのですが、他の先生たちはどうなんだろう?

ちなみに持っている「スプリンギンの本」を紹介し、廊下に置いてもらうと、それを見に来る姿もありました。じっと読み込むだけでなく、パッと見て「ゴースト」の設定を生かしたシューティングを作る子もいて驚きました。

『はじめてのスプリンギン』を見ながら

廊下にしばらく置かせてもらっているので、たくさんの6年生が読んでくれたらいいなぁ!

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