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海の母

海に身体を浸す。
ぬるい。下の方は少し冷たい。
時々ひんやりする流れに当たる。海の中には目に見える波とは別の流れがあることを知る。
空を見上げて身体を浮かべてみようとする。足は沈んだままだ。
もう一度、身体の力を抜いていく。耳に海水が入ってきて気持ち悪い。


耳が完全に海水の中に入った時、足が浮き上がる。海に全身が浮かんだ。耳の中には海水が充満していて、海の音がする。波の音とは違う音。視界には空しか見えない。
自分が流れているのか、雲が動いているのか、思ってるより流されてたらどうしようかと怖くなり、時々立ち上がる。まだ足がつくことに安心してまたそっと海面に浮かぶ。


私はここから来て、ここへ帰っていくんだと全身がはっきり知覚している。私だけではない、地球上の全ての生命が。
海が呼んでいる。それは母よりも圧倒的に母だ。大きく穏やかでありながら、とても畏ろしい。でも、怖くはない。
帰りたくなったらいつでも帰って来い。お前はひとりではない。みんなここでひとつになるのだと。

それは私の生きる世界では、死を意味する。
大丈夫、私はまだもう少しこの世で知りたいことがあるから。また身体を浸しに来るね。
そして、いつか生を終える日に帰ってきます。

私は身体を起こし、海からあがった。

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