「え、そんなの書けませんよ」 〜出版までの道のり〜 中山祐次郎
(前回までのあらすじ)のほほんと森で暮らしていたぼくのもとに、ある一通のメールが。そこには「医者のホンネというタイトルで本を書きませんか」とかかれていた。なやんだぼくは、いったんお返事を先送ることに。
***
お返事を先送りにしたぼくは、ある会社の「先送り撲滅会議」という会議を思い出していた。すげえ会議だ、あの会社だったらぼくは即クビかもな。
そう思いながら、年末年始を悩んで過ごしていた。
悩みとは、こんな感じだ。
「正直なところ、編集者のSかぐちさんのアイデアである「めんどくさい」患者とはなにか?とか、問診でブラを外すとき何を考えているか?とか、を書くことで、ぼくやこの世界になにかいいことがあるとは思えない」
「いや、マーケットが求めるものなら正義じゃないのか。たとえば教師と生徒の恋愛なんてテーマは腐るほど使われてるし、坊主の金廻りとかあったら読んでみたい。だったら医者のリアルを書いてもいいのでは」
「でも、これじゃあただのバクロ本だ。芸能人の不倫をバクロする週刊誌と同じだ。医者というベールに包まれた人たちの、リアルな生態を書く。それはそれで面白そうなんだけど、あいにくそれを書くのはぼくじゃない」
要するに、ぼくは「下品になりたくない」「大義名分が欲しい」といった気持ちから揺れ動いていたのであった。
正直なところ、医者のリアルを書けるというのはぼくの適任な気がするし、きっと面白いものが書ける気もする。そしてもっと正直に言えば、来年度ぼくは大学院の学生になるので、収入が激減するのも気になっていたのだ。せこい話だけど。
そんなときふと、思い出した一冊の本。
「女医が教える 本当に気持ちのいいセックス」という過激なタイトルの本。あれ、実は産婦人科のドクターが「気持ちのいいセックス」をフックにして性教育をした本だったのだ。ものすごい売れた本だし、学校などの性教育が届かない層に届ける破壊力のあるものだった。
あれは正義だ。間違いなく。すごく。
もしこの方法を、ぼくに敷衍するならば。
医者のホンネをフックにして、しかしあくまでホンネベースで、伝えたいことを伝えるいい手段じゃないだろうか。例えばかぜの治療、夜間のコンビニ受診、がん治療のことなど。
悩みに悩んだ結果、ぼくはこの仕事を引き受けることにした。そうだ。時間がない、早くやるべきことをやらねばならないのだ。
しかし、見せ方のプロはあくまで編集者。筆者はそこにどこまで寄り添えるかだ。売れるタイトルで堕ちる品格など、ぼくには要らない。ぼくはそう決心した。
Sかぐちさんからはメールが来て、ぼくの企画が会社の編集会議と営業会議に通ったとあった。二つも会議があるなんて、変なの。
そして1月のある日、ぼくはホテルニューオータニでSかぐちさんと会った。ぼくはたまたま学会でトーキョーに行っていたので(普段は福島県に住んでいる)、その昼の時間を使った。
Sかぐちさん「で、どうです」
ちょっと薄くなったその前髪ごしに、彼は僕に問いかけてきた。
ぼく「はい、やらせていただこうと思って」
Sかぐちさん「はい、ではよろしくお願いします」
Sかぐちさんは冷静なので、声が上ずることはない。その代わりにちょっと顔を綻ばせた。
ぼく「でも、正直言って、あんまり尖った内容のものは書けません。ぼくはこの本をただの暴露本にはしたくないんです。ちゃんと目的を持って書きたい。そしてこれを読んだ人が、少しでも医者に親しみを持ってくれるように。医者ー患者間の距離が少しでも縮まるように」
ぼくは言いながら驚いていた。そうか。ぼくは「医者ー患者間の距離が少しでも縮まるように」と思っていたのか。
Sかぐちさん「わかりました。じゃあ、お金とか恋愛の話とかはちょっと書けませんか?」
ぼく「え、そんなの書けませんよ」
Sかぐちさん「そうですよね、ま、おいおい相談しながら」
そう言って、また微笑んだ。なかなか感情の掴みづらい人だ。
そして、ぼくらは今後の日程について話し合った。
2018年8月5日に出版すること。
出版前に2ヶ月ほど、本の内容をwebで連載すること。
それに合わせて、4月末くらいまでに初稿(1回めの原稿)を書き上げること。
600字x200ページ書くこと。
なかなかタイトなスケジュールだ。文字数はおよそ12万字。ぼくはだいたい一時間3000字くらいを書くから、40時間くらいは執筆に必要だ。
(第三回につづく)
※この連載は、2018年8月に出版した「医者の本音」(SBクリエイティブ) の、執筆依頼を頂いたときから出版までのいきさつをリアルタイムに記録したものです。アマゾンリンクは↓こちら。kindle版もあります。
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