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[第2部 復興](12)

本当にそういう人でいいんですか?


9月22日(月)、総会の前日の夜、皆川さんから電話がかかってきた。
「三島さん、うまくいきました!昨日、矢車さんを連れて沢田さんの家に行きましてね。例の編集会議のムードに持ち込んで、2人で彼を説得しました」
「矢車さん、納得してくれたんですか?」
「ああ、よくわかった、当日は理事会案に賛成する、と確かに言明してくれました。これ、沢田さんもその場に居たから、証人付きですわ」皆川さんは声が上気していた。その興奮が僕の方にも伝わってくる。
「そうですか、4名揃いましたね」
「やりましたよ。昨日はね、念を入れようと思いましてね、夜寝る前に、もう一度、彼に電話して“矢車、俺、祝杯上げていいんやな?本当にやってくれるんやな?”って確認したら“ハイハイ”って」
「ありがとうございました。おかげで、明日はいけそうです」
「いやもううれしい限りです。それじゃ三島さん、明日、お会いしましょう」電話が終わった後も、喜びが心に残った。横で聞いていた妻も「よかったわねえ」と安堵の表情を示した。そのとき、僕はふと、ちょっとした用事を思い出し(大分前に頼まれていた、僕が勤めている会社の製品を安く提供できることがわかったこと)矢車さんに電話をしてみよう、と思った。彼と話すのは、8月の署名集めの時以来だ。
「あ、矢車さんですか」「そうです」「三島ですが」「ああ、どうもごぶさた」「夏頃頼まれてたでしょ、遅くなって」「いやあ、いつでもいいんですよ」「会社で訊いたらね、意外と安くて」「本当?そんな値段でいいの?助かるなあ」「じゃあそれで」 ・・ここで切ってもよかったのだが、僕はやはり確かめずにはいられなかった。
「それと・・昨日、確か皆川さんに会われたんですよね?」
「皆川さん?ええ、会いましたよ」
「明日の総会の件で。・・賛成してくださるそうで」と僕は小さい声で言った。
「まあいろいろと話はしましたけどね。でもね、三島さん。最終的には、僕はやっぱり自分の気持ちを通させてもらいますよ」ええっ?僕は一瞬自分の耳を疑った。
「それは一体どういうことですか?賛成してもらえない、ということですか?」
「三島さん、そりゃあなたがたの気持ちはよくわかりますよ。ここで決めなきゃ、ずるずるいってしまうんじゃないかって」
「そうです」
「だけどね、僕だって区分所有者ですよ、YES、NOを選ぶ権利がある。前にも言ったけど、僕は安全性からいっても、資産価値からいっても、“建替え”がベストだと思ってる。いまでもそう思ってる。思うのは勝手でしょう?それにね、あなたたちがこれだけ運動しているんだ、僕が1人反対に回ったところで、結果は同じ。修復案が通りますよ。どっちみち同じことでしょう」
「違います、それは」もう踏み込まなくてはならない。
「矢車さん、いまこのE棟で反対から賛成に変わる人が3名います。もうひとり、矢車さんが賛成してもらわないと、足らないんです」
「もうひとりぐらい出ますよ」
「出ないんです。もう全部分かってるんです。あなたしか居ないんです!!」
「そんなこと言われたってなあ」
「矢車さん、はっきり言いますけど、僕や矢車さんは、このマンションが修復になっても建替えになっても、別に生活困らないでしょう?そりゃ多少の資産形成の違いとかあるでしょうけれど、どっちに転んでもやっていけるでしょう?でも、いま2重ローンに苦しんでいる人達は、今度決まらないと、本当にやっていけなくなるんです。僕やあなたの趣味の違いに振り回されて、本当に生活が出来なくなる人がいるんです。それでいいんですか?そういう人がいるのに、放っておいていいんですか?」
「だからどうだって言うの」
「そういう人達の気持ちを理解できなくて、いいんですか?本当にそういう人で、いいんですか?」
「・・・・・・」
「すいません」
「いや、いいよ。もう一晩、寝ずに考えるよ。ここんとこ寝てなくてね。ありがとう」

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