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病院での出来事

S病院は、西宮市の南部・香炉園浜に近い場所に建てられた、緊急搬送が可能な総合病院だ。僕もこれまでに何回か、健康診断や胃カメラ検査でお世話になったことがある。
2020年5月、新型コロナウィルスの最初の混乱がようやく落ち着きを見せはじめた頃、僕はその病院の3階にある「談話コーナー」にいた。春のうららかな光が窓から差し込み、プラスチック製の椅子やテーブルの姿を静かに浮かび上がらせていた。
ここは患者と家族が面会する場所であり、また入院している人が病室を出て息抜きをする場所でもある。お菓子を持ち込んで食べる人や談笑する人、1人でマスクをして本を読む人など。4人掛けの丸テーブルが三脚置かれていて、壁際には飲み物の自動販売機があった。通路を隔てた向こう側にはナースステーションがあり、看護婦さんたちは患者に出すその日の昼食の準備に追われていた。

「アンタ、いつになったら院長先生に会わせてくれるんですか?」
目の前にいるお婆さんが、誰かに向かってこう言った。お婆さんは車椅子に座っている。その目線を追うと、緑色の縦長のお茶出し機があり、中年の看護婦さんがボタンを押して紙コップにお茶を注いでいるところだった。
「えっ?」と看護婦さんはお婆さんの方を振り返った。
「院長ですか?」
「そうです。もう何度も言うてます」
お婆さんはしっかりした口調で言った。痩せ細っていて、かなりの高齢だ。病院の浴衣着を羽織っていて、その裾からは細くて青白い足が見えている。たぶん足が萎えて歩けない状態なのだろう。でも意識はしっかりしている、と僕は思った。
看護婦さんは困ったような顔をして、「えーっと、院長は不在にしていますので、また後ほど…」と口ごもり、そのまま紙コップを持ってナースステーションに戻っていった。
「ふん」とお婆さんはしゃがめ顔をした。

僕はお婆さんの近くの椅子に腰掛けていて、妻が手術室から帰ってくるのを待っていた。妻は一昨日の夜、路上で交通事故に遭い、右胸を打撲した。現場が自宅のすぐ近くだったので、僕は妻を車に載せ、この救急病院へと向かった。院内でレントゲンを撮ると鎖骨が折れていることが分かり、手術が必要だったのでそのまま入院した。一日置いて今朝ここで手術をしている。始まってからすでに2時間は経っているのだが、一向に終わる気配がない。僕もお茶を飲みたくなり、リュックからペットボトルを取り出そうとしたら、お婆さんがまた何かをしゃべり始めた。
「・・・」
最初はよく聞き取れなかったが、耳を澄ますと、
「・・・私はこのまま騙されたフリをして、静かにここで座ってるのがいいんやろか。それとも外へ出て大きな声で[私は人身御供にあっている!]と叫んだ方が良いのやろか?」と低い声でつぶやいている。
人身御供(ひとみごくう)…懐かしい言葉だ。小学生の頃、時代劇か何かで聞いたことがある。そのお婆さんは、語り終えるとそのまま虚空をじっと見つめた。平べったい三日月のような顔。すべてを諦めたような、しかしまだ何かにこだわっているような、独特の緊張感が漂っている。

僕は昨年末にメーカーを定年退職し、今は自宅で過ごしている。妻は僕と入れ替わりに、かつて勤めていた小学校教諭の職に出戻りし、再任用で週に3日通っている。今回突然の事故に襲われたが、僕が家にいたので、付きっきりで対応することができた。加害者は近所の奥さんで顔見知りではなかったが、自分の非を100%認め、妻の入院代や手術費は全て先方の保険会社が負担することになった。

いつの間にか正午になり、患者さんに昼食が配られ始めた。そのお婆さんのテーブルにも、看護婦さんが幕の内弁当のようなものを置こうとした。するとお婆さんは、「私は要りません。お腹も空いてません」と断った。看護婦さんは「はあ」と言って弁当を載せたお盆を引っ込めた。お婆さんは彼女に「院長さんはどないなったんですか」と問い掛けたが、看護婦さんはそのまま聞こえないフリをして帰っていった。
僕は次第にじりじりとしてきた。妻の手術は、胸を切開し、2つに折れた鎖骨をつなぎ、中に針金を入れて補強するものだ。特に命の危険はないが、全身麻酔をするので、終わっても麻酔が切れるまでしばらく手術室の中にいてもらいます、と医師から告げられていた。早く妻の顔を見て安心したかったが、手術室に通じる扉は固く閉じられたままだった。

ネットニュースを見るために携帯をいじっていると、不意にお婆さんが僕に話しかけてきた。「あんさんはここで何してはるんですか?」
僕は仕方なく(コロナ対策ではめていた)マスクをはずして、
「家内が事故に遭いましてね、今そこで手術してるんですよ。それが終わるのをここで待ってるんです」と説明した。するとお婆さんは「あーそうですか」とうなづいて、また沈黙した。で、しばらくするとまたさっきと同じ「人身御供」の話をひとしきりつぶやいた後、今度はこっちを真正面から見て「あんさんはどう思います?」と聞いてきた。

「いやーよくわかりませんねえ」と僕は言葉を濁した。お婆さんがどんな状況に置かれているのか、正直よく分からなかったからだ。でも少し心惹かれるものがあったので、今度は僕からお婆さんに話しかけてみた。
「あのー、おかあさんは(「お婆さん」というのはハバカラれた)お幾つですか?」 すると彼女は答えた。「99です」
「99?そうですか、達者ですねえ。」・・・
「あのー、どこにお住まいですか?」「今津です」「ああ今津ですか、僕は苦楽園です」・・・
「お子さんとかは?」「息子と孫がいましたが、息子は死にました。孫はいま東京です」「そうですか」・・・
お婆さんが都度簡潔に答えるので、話が少しも前に進まない。99歳ということは亡くなった僕の母親よりも4、5歳年上、大正生まれということになる。僕はちょっと機転を効かせてみた。
「ところで、誕生日は何月ですか?」
「誕生日?三月ですけど…」
「じゃあ来年の三月は百歳ですね。ご家族で盛大にお祝いをされたらどうですか?」と笑顔で言うと、お婆さんは少しだけ口元がゆるんだ。

この時、お婆さんがいたテーブルに、もう一人年老いた女性が歩いて食事をしにやって来た。席に着くと、看護婦さんがうどん定食のようなものを彼女の前に置いた。
この女性もかなりの高齢だったが、彼女は背中を椅子に引っ付けたまま、右手の箸でうどんを挟み、そのまま口に持っていこうとした。ところが顔をテーブルに近づけようとしないので、箸が動く間に空中でうどんがボロボロと彼女の前垂れにこぼれてしまった。しかしこのおばあさんは少しも動ずることなく、再び箸でうどんをつかみ、自分の口へ持っていこうとする。だがその大半はまたボロボロとこぼれ、結局口まで到達したのは1、2本だった。見かねた看護婦さんが「◯◯さん、左手でこのお椀を持って、ここにまずうどんを入れてそれを口元まで持ってきてもらえますか?」と促した。
するとお婆さんは「ンガンガ…」とか言いながらまた箸でうどんをつまみ、そのままお椀の周辺にまた全部こぼした。

僕が唖然としながらこの様子を見ていると、こちらの車椅子のお婆さんはまたしゃがめ顔をして虚空を見た。僕はなんだかえらくシュールな世界に迷い込んだような気がしたが、このままではラチが開かないので、また勇気を振り絞って聞いてみた。
「あの、おかあさんはこの病院にいつ入院されたんですか?」
「昨日の夜です」
昨日の夜?それまではどこにおられたんですか?
「まあ年寄りの・・・施設にいました」お一人で?
「そうです。一人です」うーん。その前は息子さん夫婦と?
「ええ、息子は死にましたので、ヨメと」そうでしたか。それで、ここに入院されたのはお怪我か病気か何かで?
「何もありません」何もない?
「そうですよ。だからおかしいんです。何かが起こって私はここに人身御供にされているんです。理由もなく」それは、おヨメさんと病院が結託して?
「わかりません。だから院長先生を呼んでくださいと言ってるんです。理由を聞きたいんです。でも誰も取り合ってくれない。だから私はこの病院のことを外にいる人に訴えようかと思ったりしてるんです」それは物騒な話ですね。そう言いかけると、お婆さんはまた僕の顔を見た。
「あなたね」「はい…」
「よかったらちょっと、あなたから院長さんに取り次ぎしてもらえんかしら?」

いやそれはちょっと…と慌てていると、また別の看護婦さんが現れて、お婆さんに「もうすぐおヨメさんが来られるそうですよ」と耳打ちした。
僕はそれを聞いてちょっと安心したが、お婆さんはあまり嬉しくなさそうな表情だった。僕は「おヨメさんとお話しされると良いですね」と言っても憮然としたままだった。
「おヨメさんと喧嘩してるとか?」
「してません。ヨメとは仲良くやってますよ」とお婆さんは言った。

その時ふと、窓の外でウグイスが鳴いたような気がした。広い「談話コーナー」にも春の風が舞い込んだような。あるいは空調のせいだろうか?さっきうどんと格闘していたお婆さんはいつの間にか自室に引き上げていた。
僕はあたりに聞こえないよう、声を低くして言った。
「おかあさん、僕はこの話、2つの可能性があると思うんですよ。1つはね、おかあさんの言われる通り、この病院とおヨメさんがなんらかの事情があって、どこも悪くないおかあさんを無理やり入院させる必要があったと。その理由はよく分かりませんが。まあ何かの企みですね。そういう背景があると。でね、もう1つの可能性は、おかあさんの体が本当にどこか悪くなっていて、おヨメさんが昨日、おかあさんを入院させたんだけど、おかあさんご自身が今朝になってそれを忘れている、というケースです」
するとお婆さんは「最初の方です」と言った。
「うん、そうかも知れません。しかしまあ分からないので、ここは1つ、おヨメさんが来られたら、よくよくご相談されたらどうでしょう?そしておかあさん自身は、私はどこも悪くないのでここから出たいのだと、そういうご希望をはっきり言われたらどうでしょうか?」
するとお婆さんは「そうですな」と言って少し納得したような顔になった。

その時、妻の病室の方から看護婦さんが私の名を呼びながら歩いてきた。
「すみませーん、奥様の手術は先ほど終わって、もうお部屋の方へ移動されたんですけど、旦那様にお伝えするのをすっかり忘れてまして…」
「えっ、そうなんですか?いつごろ終わったんですか?」
「お昼前には」えーそうですか、もうとっくに終わってたのか。と僕は全身の力が抜けていくような気がした。

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妻は首の下に大きな絆創膏を貼った状態で、ベッドの上で眠っていた。僕が入っていくと目を覚ましたが、まだ麻酔が残っているようで、ウツラウツラの状態だった。手術は無事成功したようだった。
「ところでね…」と僕はさっき遭遇した不思議な話を妻に話し始めたが、彼女はすぐに寝ついてしまい、そのまま僕は寝顔を見ながらさっきの体験を反芻した。
お婆さんは僕に何を言いたかったのだろう?なぜ看護婦さんたちは彼女の言うことを聞こうとしないのだろう?そして彼女はなぜ今この病院にいるのだろう?考えれば考えるほど僕は頭が混乱した。しかし彼女のあの真剣な眼は、確かに僕に何かを言いたがっていたような気がする。誰かに自分の気持ちを聞いて欲しかったのだろう。そこは確かだし、僕はそれを聞いてよかった、と思えるのだった。

夕方になり、妻は徐々に意識が回復し、少し食欲も出てきたようだった。今朝家から持参したお弁当を二人で食べて、僕は自宅に帰ることにした。
僕は病室を出てナースセンターのそばを過ぎ、先ほどの「談話コーナー」の横を通ったが、先ほどのお婆さんはもう居なかった。きっと病室に戻ったのだろう。
エレベーターの前に来て、ボタンを押し、中に入ろうとすると後ろから僕の名を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、お昼にいた看護婦さんだった。
僕はエレベーターに入っていたので、「開く」のボタンを押して彼女が来るのを待った。看護婦さんは、
「先ほどはどうもありがとうございました。あのお婆ちゃんの話し相手をしてくれて…」とお礼を言われた。
「いや別にいいですよ。僕もちょうどヒマだったものですから。しかし…」と僕は言葉を切った。「あれは一体、どういうことだったんですか?」
すると看護婦さんはちょっと困ったような顔をして言葉を探すような感じになった。そうして「あの方は、心がちょっと不安定な方なので」と言った。
「そうですか…」僕はまだ合点が行かなかったが、看護婦さんはそれ以上は言いたくないようだった。そこには僕の知らない秘密があった。そしてボタンから手を離すとゆっくりとドアが閉まり、一瞬目の前が真っ暗になった。

                               (了)

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