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脳にもっと栄養を! 【情報の栄養学 ①】

いわゆる脳科学の世界では、脳を活性化させるための手段として「ブドウ糖の摂取」や「充分な睡眠」あるいは「ウォーキング」などを推奨している。もちろんどれも正解なのだろうが、ここではちょっと違う角度から「脳を喜ばせるための必須栄養素」について考えてみたい。

「情報」という栄養

僕の古い友人T君は、毎週のように新書や文庫本を購入し週末に読みふける。ジャンルは問わないようで、小説もノンフィクションも幅広く読む。知識欲旺盛というよりは活字中毒で、とにかく脳を文字情報で満たしたいようだ。10年ほど前にヒットした小説「ダ・ヴィンチ・コード」は文庫本で全3巻、各700円程度だったので「とてもコスパが良い」と言っていた(笑)。こういう人は「本を読む」というより「食べる」感覚に近い。脳がムズムズしてくると会社帰りに街の書店に立ち寄って、これはと思う本を3、4冊ゲットする。そうしてモグモグすることで仕事疲れの脳のバランスを回復する。僕が「脳には情報という栄養素が必要」と考えるのは、そういう文脈においてである。

同じような例としてはレコードで「マーラーの交響曲をがっつり聴く」とか展覧会場で「ゴッホの絵に浸る」とかが思い浮かぶ。雪を被った立山連峰を呆けたように眺めても良いわけだ。ヒトはそういった形で脳に「情報という栄養」を注入する。長期にわたってこれを怠ると脳は栄養失調を起こしてしまう、と僕は考えている。

五感を通じて脳に栄養を

先ほどの例「マーラーの交響曲をがっつり聴く」は聴覚を通して脳に栄養を送り込んでいるといえる。もちろん音楽には好みがあって、マーラーは嫌いだけどユーミンは好き、というのはあるだろう。だが万人に共通する法則もある。2万ヘルツを超える高周波成分が含まれるサウンドは、含まれないサウンドに比べて脳内でアルファ波を多く発生し心身をリラックスさせるという研究論文(ハイパーソニック・エフェクト)がある。この効果は、聴いている音楽をその人が好きかどうかは関係なくその人の脳に影響を及ぼす。これも一種の「情報という栄養」と言えるだろう。同じようなことは嗅覚(例えば、花の香りを嗅ぐ)にも、触覚(例えば、板間の上を裸足で歩く)にも、味覚(例えば、パリッとした揚げ物を味わう)にも存在する。脳は、五感を通してこういう「情報」(より正確には感覚質=クオリア)を日々味わっているわけだ。

「栄養学」とは?

ところで「栄養学」という学問がある。これはどのようなものなのか、ネットを使って調べてみた。

●栄養学とは、食物の成分である栄養素が生物にどのような影響を与えているかを研究する学問である。●栄養素の中で、糖質(炭水化物)、たんぱく質、脂質を「三大栄養素」と呼び、これにビタミン、ミネラルを足して「五大栄養素」と呼ぶこともある。その他には酵素、フィトケミカル、(発酵食品に含まれる)菌類などがある。●戦後の日本社会では食の欧米化により炭水化物が減少し、脂質が増えたことの健康への影響が取り沙汰され、生活習慣病との関連が研究されている。

別の切り口から見てみよう。食物を摂取すると栄養分が体内で吸収されるが、栄養素はその働きによって、
①エネルギーになるもの
②からだをつくるもの
③からだの調子を整えるもの
の大きく3つに分けられる。

①のエネルギーになるものは、主として糖質(炭水化物)があり、次に脂質がある。取り込んだエネルギーは体全体で消費されるが、中でも脳はどの臓器よりも多くのエネルギー(18%)を消費する。

②のからだをつくるものは、筋肉や髪や爪などをつくるたんぱく質、骨や歯をつくるミネラルのほか、細胞膜などをつくる脂質の3つがある。中でもたんぱく質は身体のすべての部分をつくることに関係している。

③のからだの調子を整えるものは、ビタミンとミネラル。体温を調節したり、体内で必要な物質をつくったり、神経の働きに関わるなど、身体の状態を一定に保つために必要な栄養素である。

で、バランスのよい食事とは、これらの3つの要素を必要量に見合った分だけとり入れられる食事を意味している。では、このような栄養学の考え方を、食物ではなく「情報」に当てはめると一体どうなるだろうか?

情報の栄養学

例えば太陽光は、我々に物体の色や形を見せてくれるが、それだけではない。瞳孔を通って侵入する光は網膜上に像を結ぶが、その後この光の一部は網膜を抜けて視床下部にある「視交叉上核」に達し、そこでセロトニンという神経伝達物質を放出して精神を安定させることがわかっている。つまり太陽光は脳に栄養を与えているわけだ。一般に、冬場は日照時間が短くなるので脳はその分少し栄養失調になる。北欧や東北地方などで「冬鬱(ふゆうつ)」と呼ばれる症状が起きるのはそのためだ。

鳥の鳴き声や虫の音にたっぷり含まれる超高周波音を浴びたり、森の中でフィトンチッドの香りを嗅ぐことにも同じような効果があるのではないか。茶道で器の肌触りを楽しむことも同様。これらを総称して「脳に栄養を与える」と表現しても良いかもしれない。

僕の知る範囲では「情報栄養学」という学問は存在しないが、こういう脳に与える影響という観点から、現代社会特有の情報環境を見つめ直す動きがあって良いと思う。

IT社会は情報を視聴覚に限定する

さて昨今のIT社会の特徴は何か?それは人間が送受信する情報が「視覚」と「聴覚」に著しく限定されていることだろう。近年この傾向に拍車をかけているのが「テレワーク」と「電子商取引(EC)」だ。テレワークというのはインターネット回線を使った業務遂行のことで、サラリーマンが会社に行かず自宅で仕事をこなす在宅勤務がその典型だ。電子商取引(EC)とはAmazonや楽天が展開するネットショッピングの類である。この2つが社会に浸透すると、ヒトの経済活動、つまり生産と消費が両方ともオンラインで(身体を動かさずに)遂行できてしまう。これらが社会インフラとして世の中に定着すると確かに便利だが、同時に必然的に脳を衰退させていく。とにかく外に出る必要がなくなるし、その分パソコンやスマホの画面と付き合う時間が圧倒的に長くなるので、視・聴覚以外の感覚、特に嗅覚と触覚の情報はほとんど入ってこなくなる。また情報発信のやり方もキーを叩くだけになるので、声を出したり肩を叩いたり、身振り手振りでニュアンスを伝える情報発信のスキルもどんどん退化していく。結果としてパソコンやスマホにますます依存するようになり、大人も子供も家に引きこもったようなライフスタイルが常態化する。

今年の初めから新型コロナウイルスの感染が世界的に流行し、人の往来や集会が制限される事態が続いている。このことがIT技術を活用したコミュニケーション活動や経済活動を促進し、社会全体の引きこもり化をさらに加速することは間違いない。これを“人類全体が新たな文明の段階にステップアップした”と見る向きもあるかもしれない。しかし本当にそうだろうか?僕にはヒトが情報の栄養失調に陥っていく過程にしか思えないのである。

脳に栄養を取り戻そう!

ではどうすれば良いか?基礎的な研究として脳が必要とする〈情報の栄養素〉とその〈効果の指標〉を特定し、その認識を人々が共有することが第一歩だと思う。そこから生活習慣を修正していくきっかけを作る。ちょうど「カルシウム不足」の指摘をされた人が小魚やワカメを食べたり、「肥満」を指摘された人が肉の脂身を食べるのを控えたりするように。例えば、脳内のセロトニン分泌度合いを計測し、標準より低い人には「一日中建物の中に居ないで、毎日数時間は日光を浴びるよう」指導するわけだ。そういう処方箋を視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚それぞれの分野で見出し、産業医やカウンセラーが世間に適切なアドバイスを与えていくことが有効だと思う。

新型コロナウィルスの猛威が過ぎ去った後もビジネスマンが家に引きこもり続けるのではなく、パソコンやスマホを外に持ち出して身体を移動させながら業務を遂行できれば面白いと思う。テレワークというよりもノマドワーク(NOMAD WORK)に近い。日頃は外出先からオンラインで会社と情報を交換し、ミーティングが必要な時だけオフィスに集合する。そのためには社員を時間で管理するのでなく成果で管理するよう、国内では労基法の見直しも必要になってくるだろう。細菌やウィルスにやられる前に免疫性を高めるためにも、脳に適度な栄養を与え心身を常に活性化させておくことが、今後重要なアクションになるだろう。

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