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【無料】鬼越トマホーク坂井の文才には「心技体」が整っている

お笑いコンビ、鬼越トマホークの坂井良多。
彼が格闘技にまつわる記事を書いているのだが、衝撃的な文章力の高さに面食らってしまっている。

先日、東京ドームで行われたRIZINのメインイベントを務めた朝倉未来選手に関しての記事だ。

東京ドームで開催され、地上波ゴールデンタイムで生中継。
那須川天心VS武尊の実現に向かって、アンディフグやピーターアーツなどが盛り上げた空前のK-1ブーム再来のような風が吹いている。

間違いなく鬼越トマホークの坂井は格闘技の復権に一役買っている。
事実、この記事の中に「朝倉未来選手とは?」の全てが詰まっていると言って過言ではない。

格闘技に興味ある人もない人もふくめ、力のある人間が文才を武器に引き込んでいく。
鬼越の坂井は完全なる格闘技インフルエンサーだ。

坂井の文章には心技体が整っているがゆえ、ドンズバで芯を捉えて刺しにくる。

まず、格闘技に対する心のこもり方がズバ抜けている。
格闘技や格闘家に対する、とても深いリスペクトを文章の端々から感じるのだ。
何事もベースは愛にあり、愛を感じない語りには血の通いが見えない。

ハッキリ言って、こちらもバカじゃないので本当に好きかどうかは分かる。
文章でもトークでも何でもそうだが、表現の基本は本当に好きかどうか?
心根がバレてしまえば一斉に総スカンを食らい、非難を浴びる。
それは「利用しようとする神経や志」が失礼に当たるからに他ならない。

坂井の文章は、きっちり心を使って言葉を形成しているのが分かる。
私も言葉を生業とさせていただいているからこそ、深いレベルで理解できるのだ。

さらには、文章を構成していく上での技術である。

基本的な文の組み立ては言わずもがな、特筆すべきはボキャブラリーの多彩さと抜群の言葉選びだ。
これは相当地肩がなければ成しえないことであり、普段のキャラとのギャップも相まって唯一無二のパワーを生んでいる。

本当におもしろい人はバカじゃない。

よく言われがちだが、まさに坂井は文を持ってこの説を体現している。
そもそも彼はお笑いセンスのカタマリであり、人を笑わせる時にも言葉の力を大切にしている。
ご時世には反する毒舌の芸風だとは言われるが、決して言葉を吐き捨てていない。

彼らの毒舌の根底には、きっちり言葉で笑わせようという信念が透けて見える。
「ただの悪口じゃねーか」と揶揄する者がいれば、お笑いを勉強し直したほうがいい。

ただの悪口ではなく、本当のことを言葉に込めて言っているだけなのだ。

「それが悪口やねん!」というツッコミも微かに聞こえたが、そのベースには比類なき言葉の力があるので大目に見てほしい。

さらには、心にインパクトを残しにくる一行のパンチラインの強さも兼ね備えている。

上記の朝倉未来選手に関する文章において、心を打ちにくる坂井の一行を引用させていただくが

“一回しか来ないチャンスでどれだけバカになれるか”


格闘技だけに留まらず、普遍的な人生のメッセージとしてボディブローのようにエグってくる言葉の力だ。

この一行には誰の人生にでも訪れる"大切な一瞬"がきっちりと表現されている。
一回しか来ないチャンスでバカになれるかどうか…?

そう、チャンスは一度きり。

これは
ライブ、テレビ、ラジオなど、板の上に立って常に戦いの日々を送ってきた芸人人生そのものでもあり、お笑いと格闘技のメタファーとも言える。

手練れの猛者たちが揃う板の上において、若手芸人に回ってくるチャンスなど大抵一度きり。
そこで一瞬の賭けに出られるかどうか?

勝機はここかもしれない!
一瞬のタイミングを見つけ、振りかぶったパンチを打てるかどうか…?
一発当たれば倒れるかもしれないが、大きく空振りをしてしまえば致命的なカウンターを食らう場合だってある。
それなら、適度な距離を取ってアウトボクシングに徹して、先輩芸人たちと混ざって手を叩いて笑っていれば何となくその場をやり過ごせる。

一度きりのチャンスを逃さず、振りかぶった渾身のパンチをアゴに当ててきた歴史が、今日の鬼越トマホークを形成している。
時にヒヨってしまって腰を引いたこともあるかもしれないが、鬼越のパンチの当て勘は相当ハイレベルだ。
奇しくも、お笑いのファイトスタイルは、朝倉未来選手を彷彿とさせる。

最後は、文章に宿る心技体の"体"

坂井は文章でも体当たりしている。

ようするに、無難なことは言わない。書かない。

人畜無害であることを徹底的に避け、自らの存在をこれでもかと残しにくる。生きている証明を血生臭く届けようとしてくる。

正直、今のご時世、ウソなんてナンボでもつける。
良い人に見られようと思えば、SNSなど個人媒体を駆使すればナンボでも印象操作で世間を欺くことはできる。

だが、そんな安易な道に坂井は逃げない。
彼は正々堂々裸で殴り合う格闘技へのリスペクトがあるからだ。

試合前には舌戦があったりパフォーマンスがあったり、ファイトマネーを巡るトラブルやマッチメイクを組むまでのゴタゴタだってあるだろう。
格闘技だってリング外には様々な要素があるし、あって当たり前。

それはお笑い芸人だって同じだ。

ただ、一度リング上でゴングが鳴ってしまえば、そこからは目の前の相手との殴り合いしか残されていない。

ここの清らかさに関しては誰一人邪魔をする隙間はなく、リングの上で称賛を浴び続けるファイターは本物しか残れないようになっている。

その潔さこそが格闘技最大の魅力であり、フィジカルも大きく問われる競技であるがゆえの刹那的輝きもある。

鬼越トマホークは、時折こんなことをメディアで言っている。

「俺らみたいな芸風何年も持たない」と。

鬼越トマホークは格闘技のリングに上がるかのように、お笑いのリング上に立っているのだろう。

この芸風じゃ、身体がもたねーよ…って、心のどこかに感じながら上からパンチを振り下ろしたり、下から関節を極められたりを繰り返してきたのだろう。

先程から再三格闘技とお笑いをなぞらえて語っているが、格闘技とお笑いには1つ最大の違いがある。

フィジカルやスタミナが問われる格闘技は年齢の話を避けて通れないが、お笑いのスキルには全く年齢を問われない。

むしろ、年齢を重ねれば重ねるほど面白くもなっていける。

まだまだ戦いたくても引退せざるをえないファイターたちも数多いるなか、芸人は面白くあり続ければ人々は期待して待ってくれる。そして、腹を抱えて笑ってくれる。
とても魅力的な世界だ。

坂井には才能がある。金ちゃんも本当に素晴らしい。

完敗しても朝倉未来選手は現役続行の意志を表明している。 

このネバーギブアップ精神も格闘技の魅力。

命を賭けて殴り合う人がリングで称賛を浴びるように
笑いのリング上では面白いことを言い続ける人に光が当たってしまうのだ。

さあ、年末に向けてRIZINは次々とビッグカードを組みながら盛り上がっていくだろう。

鬼越トマホークも年末に向けて、お笑い界のRIZINとも言える最高峰漫才賞レースの頂を目指してほしい。

御後が宜しいようで。



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