今回のプログラムについて⑥

「メシアンと移調の限られた旋法」

メシアンの生きていた20世紀のクラシック音楽は、既存の音素材や音階構造から脱却していった時代でした。
新しい楽器の発明、楽器以外の音素材の使用、調性の崩壊などが起こり、音楽そのもののあり方を問うような作品も作られました。
個人的な意見ですが、この時代の作品は聴き手を置いてけぼりにするものがしばしば見られます。

メシアンの作品も一聴するとその類の作品に聞こえますが、メシアンは音楽の要素を理論的に体系的に分析し、独自の秩序を確立した点で、他の作曲家と異なる特徴を持っています。
そのような内容がまとめられたメシアンの著書「わが音楽語法」と、今回プログラムで取り上げる「幼子イエスにそそぐ20のまなざし」は、同じ年に発表されました。
著書が出版された後も多くの作品を作曲したので、メシアンのその時点での技法をまとめた本ということになります。
そして、「20のまなざし」もそれまでの技法の集大成と言えるほど、彼のアイデアがふんだんに盛り込まれ、且つ聴き手にちゃんと感動を与える作品になっています。

さて、メシアンの技法の一つである、「移調の限られた旋法」について少し書いていきたいと思います。

一般的に耳にする音楽のほとんどが長調か短調の音楽です。
長調の音階を長音階、短調の音階を短音階といい、その音階の音で旋律や和音が構成されています。
要するに、特定の音階の音から旋律や和音ができていると言えます。
そのように、旋律や和音の基準となる音階をメシアンは考案しました。
「考案」というか、過去の作曲家の作品から見つけ出して体系化したというのが実際のところでしょうか。

メシアンの言う「移調の限られた旋法」は第1番から第7番まであり、彼はこれに基づいて作曲しました。
例えば、音階を全音と半音の重なりとして見ると、長音階は、主音から全全半全全全半となり、自然短音階は、全半全全半全全となり、1オクターヴ内の7つの音で構成されています。
一方、「移調の限られた旋法」の第1番は全全全全全全となり、6つの音で構成されるいわゆる全音音階であり、また第2番は半全半全半全半全となり、8つの音で構成されています。
今回演奏する「幼子イエスの口づけ」にはこの第2番が使われていて、旋律だけでなく和音もこの音階の音から作られています。
少し不思議な響きをこの曲で聞くことができるのは、「移調の限られた旋法」第2番で書かれているからなのです。
このような音階の存在に気付いていた作曲家は他にももちろんいましたが、メシアンのように作曲の秩序として用いて、作品全体をそれに基づいて書いた作曲家は他にはいないでしょう。
ちなみに、「移調の限られた」というのは、長音階と短音階がそれぞれ12種類の調に移調できるのに対して、それよりも少ない2〜6種類の調にしか移調できないことから、そう呼んでいます。

また、メシアンは、絶妙な美的感覚で音を選んでいて、結果的に何とも言えない美しさが作品に満ちています。
彼が共感覚(彼の場合は、音を聴くと色が見え、その逆も然り)の持ち主であり、和音について色彩で説明した記述もあります。
その事も、彼の音楽の持つ響きの要因となっています。

ここでは「移調の限られた旋法」のみを少しだけ説明しましたが、個人的に一番面白い技法だと思います。
それに、聴けば分かるというのが、音楽にとっては大切です。
初めはとっつきにくいですが、知っていくとその魅力にハマってしまうかもしれません。
長調でも短調でもなく、秩序が破綻することもない、不思議な響きの世界がそこにあります。

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