使えるけど使わない、これができるかどうか
他人のことをあれこれ言う時に、たまに聞くフレーズとして
昔は良い人だったけどね
とか
あんな人じゃなかったんだけどね
とかいうことがあります。
人は、長く生きていれば、それは当然、人生の先輩になっていくし、職場に長くいれば、そこでも先輩になり、あるいは、上司という立場になったりもします。
そういう、先輩なり上司なりになった時のその人の振る舞いによって
昔は…
とか
あんな人じゃ…
ってなるんだと思います。
▼ できるようになることが増える
例えばある会社に入って、新入社員の時って、とにかく先輩、上司の言うことをきくしかありません。
なんせ、何も分からないんだから、教えてもらわなきゃいけないし、どうして良いのが分からないんだから、指示してもらって、そのとおりに動く。
とにかく言われたことをこなすことで精一杯。
それがだんだんと、やらなきゃいけないことを覚えていって、教えてもらわなくてもできるようになっていくと、その頃には立場も変わっていて、後輩ができてたりする。
そうすると、その後輩に指示を出して何かをするということができらようになる。
自分は直接動かず、他人を動かすという立場になってくる。
そのうち上司になったりすると、もっと自分の裁量が増えて、自分のやりたいことをやれるということが増えてくる。
そういうふうになった時に、よくよく考えないといけないのだと思うのです。
やりたいようにやる、と、やりたいことをやる、は確実に違います。
自分に裁量が増えて、やりたいことができるようになることは、とても嬉しいことです。
でも、やりたいようにやる、ということは、僕は、戒めないといけないのだと思います。
やりたいようにやれるけど、やりたい放題にはやらないという自制というか、そういうこと。
▼ スマホ禁止も同じこと
こういうことって、これに限らずよくあることだと思っています。
やれるんだけど敢えてやらない、とか、自分にやれることがあるならそのやれることを如何に有効に使うか?という方向で考える、みたいなことです。
卑近な例で言うと、スマホ、です。
あるあるの感じなのは、高校野球の強豪校で、スマホ禁止!とかです。
僕はこれはどうかなと思ってます。
禁止にして、取り上げるとか、一定期間預かるとかすると、それは、物理的に使えない状態になるわけです。
使えないから使わない。
これは、使わないのではなくて、単に、
使えない
というだけです。
こういうことは、誰でもそうなります。使いません。
だって使えないんだから。
僕は、そうではなくて、いつでも使える状態にある。
でも、今は使わない、とか、今は使う、とかの判断をする、あるいは、どうやって使うか?どう使うと有効か?みたいなことに知恵を絞る、そういうことを身に付けないといけないのだと思うのです。
先輩、上司などの「権力」と同じです。
なんでもできる権力がある。
だからなんでもやる、ではなくて、その権力をどう使うか?です。
やれるけど、やらない。
使えるけど、使わない。
これができるかどうか。
とても大事なことだと思います。
以上でーす。
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