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甲子園は目指しません⑧ 11月・戸田の場合

 こうして宮古高校野球部の両チームが、もぐらリーグでしのぎを削っている間、ちまたの考古野球界では、来春のセンバツ大会の重要な参考資料となる秋季大会が開催されていた。そこは、私学強豪であろうと、弱小公立高校であろうと、すべてが同じトーナメント表の中で戦う情け容赦のない弱肉強食の世界で、一回戦ともなると、数十点の点差が付くコールドゲームも珍しいことではなく、中には、100点ゲームでコールド勝ちする私学強豪もあった。そういう強豪校にとっては、はっきり言って「県大会以降が本番」という状態が今の高校野球である。
 その秋季大会も、大方の予想どおり、私学強豪が九州大会のベスト4を独占し、来春のセンバツ大会出場を確実なものとしていた。
 宮古高校は、秋季大会に出なかった。
 原川の、「甲子園は目指さない発言」からすれば、宮古高校がチームとしてそうするだろうということは予想されていたし、甲子園は目指さないというのだから、むしろそうすることは当然のことと言えた。
 しかし、原川の着任前までは、曲がりなりにも「甲子園!」を掛け声に掲げていた宮古高校野球部員たちが、「高校球児」として、「甲子園は目指さない」ことを受け入れ、納得するまでには、それぞれの選手にそれぞれの大きな決断があったし、大変な気持ちの整理があったことは言うまでもない。

 戸田は、「甲子園に行きたい!頑張れば俺たちだって行ける!!」そういう思いを持っていた。だから原川の発言には、正直驚き、戸惑い、悩んだ。憤りさえ覚えた。

 小学校、中学校と、ずっと甲子園にあこがれて野球をやってきたんだけどな。甲子園を目指さないと言うのなら、高校野球をやってる意味あるのかな。だったら何のために高校で野球やってんだろ、俺。
 「今度の監督さん、どんな感じなの?」
 ちょうどもぐらリーグが始まった日、夕飯の席で母親が尋ねてきた。
 「良い人だよ。良い人なんだけどさ・・・」
 「ん?けど?」
 「うん。でもね。甲子園を目指さないって言うんだ。その監督さん。」
 「へえ。面白いことを言う監督さんね。」
 そのことで野球を辞めようかどうしようかと悩んでいるというのに、何の驚きも現すことなく、普通に返事を返す母親に少しムッとした。
 「面白くないよ。甲子園、目指さないんだぜ。俺、甲子園に行きたくて高校野球やってるのに。母さんだって知ってるだろ。」
 「そうねぇ。あなたはいつも、甲子園、甲子園って言ってるものね。でも、母さんはその監督さんの甲子園は目指さないって、なんとなく悪くないなって感じるわ。」
 「なんでだよ。」
 「なんとなくだけど。」
 母親は洗い物をしながら、続けた。
 「お母さん、世間の人が、甲子園、甲子園って騒いでるけど、高校野球イコール甲子園なのかなって、ずっと思ってたのよ。高校野球って高校野球でしょ。甲子園なんかなくったって、高校野球じゃない。高校生が野球をやる。ただそれだけ。上手になりたいから野球をやる。あんただって小さい頃はそうだったんじゃないの?上手くなりたいって。そう思ってたんじゃないの?だから野球をやってたんじゃないの?それがいつの間にか、甲子園のためってなっちゃったけどね。」
 戸田は食事を済ませると、2階にある自室のベッドに寝転んだ。

 上手くなりたいから野球をやる、か・・・。原川監督も同じようなこと言ってたな。
 そもそも俺はなんで甲子園に行きたいんだろ。母さんの言うとおり、確かに俺も、前は野球が上手くなりたくて練習してた。誰よりも上手くなりたくて。上手になって、甲子園に行って、プロ野球選手になるって、思ってた。でもなんでだろ。今は甲子園から先のことが全然想像できないや。なんで甲子園なんだ?甲子園に行ってどうするんだ?その前に、本当に今の宮古高校で甲子園に行けるのか?俺自身、真剣にまじめに本気で、甲子園に行こうと思ってるのか?

 頭の中に、ミーティングで何度も繰り返す原川の言葉が浮かんだ。
 「野球を、自分自身のためにやって欲しいんです。楽しんで欲しいんです。野球って楽しいものでしょう。」

 そうだ。俺は野球が好きなんだ。だから野球がしたいんだ。野球をやってる時が楽しいから、だから野球をやるんだ。うん。そうだ。上手くなりたい。もっともっと、誰よりも、誰よりも野球が上手くなりたい。そのために野球をやる。楽しむ。自分のための野球。そうだ、これだ。監督さん、ありがとうございます。甲子園を目指さないという監督さんの野球。みんなで上手くなるという監督さんの野球。俺もその野球に参加させてもらいます!

 戸田はベッドから飛び降りると、階段を駆け下りた。
 「母さん、俺、上手くなるために、高校野球をやるよ。」
 洗い物をしていた母親の背中にそう言った。
 母親は洗い物の手を一瞬止めて、にっこりと微笑んだ。

   ~ つづく












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