見出し画像

群れをチームに変える魔法


 人間は群れる生き物。群れのなかで目標を共有し、互いが長所で短所を補いあうことができれば強い。クラス、クラブ、部活、スポーツ、仕事で、そのことは実感できるはずだ。課題は、ただの群れ(グループ)を目的を共有したチームに変えること。私は大学の授業で、外務省に委託を受けた平和構築・開発のための人材育成事業で、そしてNGOの活動を通じて、瞬時に「群れ」を「チーム」に変える魔法を生み出してきた。それをチームビルヂングと呼ぶ。

 魔法が効果的に効くようにするには、いくつかのステップを踏んでいく必要がある。行動心理学や社会心理学の知見からも明らかにされているように、人間の心理に基づいた環境づくりが重要になるからだ。

アイスブレーキング

 初対面の人たちで集まったことはあるだろう。学校であれば、ホームルーム、授業、クラブ活動など、何度も経験したはずだ。職場や国際交流でも見ず知らずの人たちと集う機会は多い。そのような場を思い出して欲しい。どんな気持ちだっただろうか。緊張していたのではないか。期待と不安が入り混じった心持ちではなかったか。まずは、このような張り詰めた空気を解きほぐしていく。それがアイスブレーキング(氷を溶かす)。

ステップ1: 自己紹介

 初対面の場で自己紹介は重要。その後の関係性を円滑にいていくためにも、集団の構成員が互いの名前と顔を一致させておくことは大切。誰でも顔を覚えてもらい、名前で呼びかけてもらえると嬉しいはずだ。だから、自己紹介は、お座なりにしない。しかし、紋切り型の自己紹介では記憶に残らない。そこでひと工夫が必要になる。
 「早稲田大学国際教養学部1年生の〇〇です。」という自己紹介は、複数の異なる大学の学生が集まっている場面では、それなりの役割を果たす。しかし、早稲田大学国際教養学部の1年生向けの授業で、そのような自己紹介をしても意味はない。そこで、私が提案している「自己紹介」の雛形として次の三つがある。

ステップ2: ニックネーム

 まずは、ニックネームを選んでもらう。ニックネームは他人からつけられるあだ名(愛称や蔑称)とは違う。この場合のニックネームは、他者から、なんと呼んでもらいたいのかを自分で選ぶ。自分で選ぶことが大切。その選択に個性が出るから。
 ときに、俳優が役を演じるように、この場限りの名前を選んでもらうこともある。授業やワークショップなど限られた期間の場合は、役名をつけてもらうと普段の自分ではなく、誰かを演じているつもりになって発言がしやすくなる。ペンネームやラジオネーム。あるいはSNSで使っているハンドルネームのつもりで選んでもらう。
 国際交流のときには、このニックネームが役に立つ。聞き慣れない名前は、なかなか覚えてもらえない。私の場合は、上杉勇司(UESUGI, Yuji)なので、英語が公用語の場であれば、「アルファベットの「U」と「G」の二文字なので絶対に忘れないように」と伝える。苗字を使う必要がある場合は、「皆さんが大好きな「Whisky」のキーの部分を濁音にして発音する」と指南してきた。

ステップ3: 期待と不安

 次は、それぞれが抱いている「期待」と「不安」とを共有してもらう。誰でも初対面の場では緊張するもの。その緊張は、わくわく(期待)とそわそわ(不安)が入り混じったものであることが多い。人は共通点があることを確認できると親近感を抱く。そうすれば仲良くなる糸口が見えてくる。とくに、会合の冒頭で不安を共有して、自分だけが不安なのでないという事実を確認できれば、気が楽になる。そして、人々が抱く不安の多くは、人間関係にまつわるもの。どんな人が集まっているのだろうか。心配になる。
 ここでの工夫として、チームのメンバーは6名くらいの少人数にする。バスケやバレーくらいがちょうどいい。野球やサッカーやアメフトやラグビーだと初対面としては多すぎる。だから、内野と外野に分かれたり、フォワードとバックスにポジションが細分化されるのだろう。人は大人数の場合は、口火を切ることをためらってしまう。互いの息遣いがわかるくらいの人数であれば、話しやすいものだ。少人数で「期待」と「不安」とを分かちあった後は、全体に戻り、各チームの代表に分かちあいの結果を共有してもらう。

ステップ4: 共通点探し

 共通点つながりで、次は、メンバーの共通点を探してもらう。目標は5から10個。共通の「推し」や趣味が見つかる。メンバー間の距離感は、さらに縮まる。次第にメンバーが膝を突きあわせて話しあうようになていく。
 次にチーム名を決めてもらう。名前を選ぶにあたり、列挙した互いの共通点を特徴づける名称にしてもらうとよい。群れに名前をつけることで仲間意識が芽生える。さらに、時間的余裕があればチームの旗を描いてもらう。旗印はチームの象徴。余談だが、戦国武将で越後の龍と恐れられた上杉謙信の旗印は「毘」の一字旗。謙信は自らを毘沙門天の生まれ変わりとしていた。それを象徴する「毘」の旗は上杉軍団を一つにまとめた。名前をつけて旗印を掲げることの効用は社会心理学でも指摘されてきた。人間は外集団を意識して内集団を形成する。内集団には仲間意識を外集団には敵対意識をもつ(村山綾『「心のクセ」に気づくには』ちくまプリマー新書、https://www.webchikuma.jp/articles/-/2993)。仲間意識を形成することが、チームビルディングの一つの目標だ。だから、チームの名づけと旗づくりは、その観点からも重要なステップ。もちろん、敵対意識をあえて形成する必要ない。しかし、この副作用としての敵対意識が生まれることは、次のステップで面白い教育効果をもたらす。
 ちなみに、その場で作成することは難しい場合が多いが、ワークショップや研修などでは、メンバーの顔写真とニックネームが一覧できる表を作成して配るとよい。

紙の塔(集団内の意思決定とリーダーシップ)

 チームの呼称が決まれば、ここからはチーム名で呼んでいく。各チームに次の材料を配る。
 ◇新聞紙:5枚
 ◇セロハンテープ:1巻
 ◇凧糸:10cm✖️5本
 ◇はさみ:1丁
 このエクササイズを実施するのは、ある程度の広い空間が必要になる。教室や会議室の場合は、部屋の外や周囲に椅子や机を片付けておく。できれば、靴を脱いで床に車座になることを勧めてほしい。それだけ親密度が増す。
 なお、部屋が狭い場合は、新聞紙の代わりに乾燥パスタ麺でもよい。その場合は、紙の塔ではなく、パスタの塔になる。このエクササイズの難点は二つある。材料を揃える手間とコストがかかること、活動終了後にゴミが出てしまうこと。その欠点を補う簡略版があるので、最後に紹介する。

課題

「与えられた材料のみを用いて、18分の時間制限内に、できるだけ高い自立する紙の塔を制作する。制限時間が来たら合図をする。合図があったら作業中でも手を止め、以後は紙の塔に触れてはいけない。その後、1分間を計測し、その間に倒壊しなければ、自立したと見なす。自立していて最も高い塔を制作したチームの勝利とする。」

振り返りー活動後に問いかけることの意味

 このエクササイズの最大の効用は、チーム内のメンバーに「共通の目標」を与えることで、群れをチームに変えていくことに見出せる。共通の目標があり、時間制限があり、競争相手がいれば、群れは自ずとチームとなっていく。しかし、このエクササイズの効用は、紙の塔の制作過程で仲間意識が高まるだけではない。振り返りの問いかけ次第では、より意味深い効果が得られる。私の場合は、作業後の振り返りの時間で次のような問いかけをしてきた。問いかけと得られる視点を記していく。

  1. 成功の秘訣、失敗の要因は、何だったと思いますか?

  2. どのように意思決定をしましたか?

    • 意見の違いがあった場合には、どのように違いを乗り越えましたか?

  3. 各メンバーが、どのような役割を担いましたか?

  4. リーダーはいましたか?

    • いた場合は、どうのようにリーダーを選んだのですか。

    • 不在の場合、何か不都合はありましたか?

  5. もう一度、チャンスがあるとしたら、次は、どのような改善をしますか?

  6. どうして他のチームと協力しなかったのですか?

質問1: 成功の秘訣、失敗の要因

 成功の秘訣として、共通の目的の重要性が実感できるだろう。同時に、共通の目的があったとしても、共同作業が成功しなかった理由を考えることで、共通の目的を実現するうえで必要な条件を考える機会にもなる。事前の計画がうまくいかない場合に、いつ、誰が、どのように軌道修正をしていけばよいのか。場合に応じて、PDCAサイクル(Plan「計画」-Do「実行」-Check「検証」-Act「改善」)に言及することもできる。

質問2: 意思決定と問題解決

 集団内での様々な意思決定について学ぶ。上位下達(トップダウン)式のメリット・デメリット。時間的制約があるなかでのコンセンサス形成を円滑にする工夫。意思決定での影響力は、どうやって生まれるのか。説得力の根源は何か。過去の経験や専門知識などが信頼性を高めるのか、否か。時間が許せば、深く切り込んでいく。意見が対立したとき、どうやって問題解決を図ったのかを言語化しておくと別の機会に応用しやすい。誰が仲裁に入ったのか。譲歩したとしたら、その訳は。意見を変えるうえで何が役に立ったのか。

質問3: 役割分担

 メンバーの多様な能力を活かすことが、成功につながることを実感できる。オールスターメンバーである必要はない。出塁率が高く足が速い1番バッター。犠牲バントが上手な2番バッター。ミートが上手く次につなげる3番バッター。長打が期待できる4番バッター。それぞれが自分の得意な領域で本領を発揮すればよい。紙の塔の制作過程では、作業を割り振る現場監督や時間を気にするタイムキーパー(納期管理)が求めらる。さらには、新聞紙を細く長く丸める手先が器用な人、セロハンテープを何枚も短く切り続ける根気強い人、設計図を構想できる人、課題が生じたときに対策をすぐに提案できるアイデアが豊富な人。まずは行動あるのみの猪突猛進型の行動力が奏功する場合もあれば、石橋を叩いて渡る慎重派の意見が有益なときもある。

質問4: リーダーシップ

 リーダー論について意見を深掘りする。チームを成功に導くには、どのようなリーダーが求められるのか。単独リーダーによる上位下達やリーダー不在の合議制。あるいは、対立する意見をまとめるリーダーが必要なのかもしれない。リーダーをサポートする補佐の重要性を認識できるかもしれない。リーダが不在でも機能したチームには、その秘訣を言語化してもらうとリーダが果たすべき機能をチーム内で、どのように分担していたのかが明らかになっていく。

質問5: 改善策

 質問1から4までの振り返りでの言語化を通じて得られたヒントを教訓として具体化させるのに役立つ。この質問がないと、次の行動に繋げていくための思考回路が起動しないからだ。何をどう変えるのか。それはなぜか。新しい道は、どうして前回の方法より、よい結果が得られると考えるのか。これらの質問を重ねていくことで問題意識につながっていく。

質問6: 協力と外集団への敵対意識

 この質問はオマケ。過去に毎日小学生新聞と共催で小学生向けのワークショップをしたときのこと。柔軟な発想をもつ、小学生たちはチームごとに振り分けられた「資源」を共有することで、より高い塔の建設を試みたのだ。競いあう必要などない。協力した方が、よい結果が得られる。この質問を小学生のエピソードを交えながら紹介することで、先に紹介した外集団に向けられる敵対意識について考えてもらう機会をつくる。
 たとえば、新型コロナ・ウイルスの世界規模での感染爆発が国際危機となった。国際社会は、一致団結して危機を乗り越えるべきだった。しかし、実際には、外集団に対する敵対意識が強くなり、国際協力は進まなかった。気候変動などの私たち一人ひとりに影響を及ぼす事態に対しても、なかなか世界各国が足並みをそろえることは難しい。内集団で育んできた連帯感を地球規模に広げることは、これまでの歴史で人類は経験したことがない。

簡略版

 各チームに配る材料をコピー用紙10枚だけで同じエクササイズを実施する。これでも活動後にゴミが生じてしまうが、テープや糸を使わない分、ゴミの量は減る。事前準備も楽になる。会場が狭い場合でも実施可能。材料が減ることで、活動がシンプルになるため、役割分担の多様性が減る。同時に最終的にできあがる紙の塔は多様な形態となる。





この記事が参加している募集

#自己紹介

233,563件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?